Wednesday, July 08, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 5-4 和解への試み

  【Part5の登場人物】
     うるちゃん : 主人公
     へいわくん : 夫
     なごみちゃん: 長女
     サイエン君 : 長男
     はづきさん : 友人
     友人Nさん : なごみちゃんの幼稚園のママ友
     友人Iさん  : A教会で出会った友人
     Gさん   : エホバの証人に入ったばかりの女性
     Tさん   : バプテスト教会の知人女性
     S牧師   : A教会に来た同盟教団の牧師

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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 エホバの証人のGさんの3度目の訪問で(結局、やめることもできず、とりあえず、はづきさんと一緒に会うことにしたのでした)、Gさんと一緒に来た女性は、なんとギリシャ語聖書を持ってこられました。ギリシャ語の訳は同じでした。こちらにも、既に備えがあったことは主の助けだったと思います(J-ばいぶる2ndがあったので、訳は何とかなりました)。

 ギリシャ語の原文で、準備時に作った資料で知った矛盾点を突くと、そのエホバの証人さんはしばらく黙った後に言いました。「訪問伝道しているとき、出会った男性のことです。子供が2人いて、奥さんとは別れて子供を引き取っておられました。その子供たちがプロテスタントの教会学校へ行っていた関係から、お父さんに聖書をプレゼントしたのです。お父さんが聖書を3回読んだところで、私たちが訪問したのですが、『聖書にエホバという語は出てきませんが、なぜ、あなたがたはエホバを名乗るのですか?』と聞かれました。それではと私たちは聖書から学びを始めました。けれども、3ヶ月後、突然、その方の目が痛み出して、そのまま入院。末期ガンで亡くなられました。でも王国の良いたよりは伝えたのです。」と言われました。それを言ったエホバの証人さんは、自分たちの証のつもりでしたが、うるちゃんは、「羊を奪う者の手から、羊を守る」という言葉を思い出して、いたたまれなくなりました。父子家庭で父親を亡くした子供たちはどうなったのか、聞いたところ、母親のところへ行ったようだと言われました。

 この訪問で、相手の思想の何かが変わったかと言えば、何も変えられませんでした。しかし、うるちゃんには、A牧師に相談後に帰宅して祈った時に、下記のみことばも受け取っていたので、自分は間違ったことはしていない確認がありました。
Ⅰテモテ 2:4 「神はすべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます。」
使徒 10:28 「神は私に、どんな人のことでも、きよくないとか、汚れているとか言ってはならないことを示してくださいました。」

 その後、A教会へは、日曜礼拝をかねた市民会館でのクリスマス時期の伝道集会のためのケーキ作りの奉仕があったので、行きました。その後は、暮れと正月にかかったので、へいわくんの実家の近くのA教団のW教会で、なんとか礼拝は守ることが出来ました。W教会に行ったのは、タイミングよく、へいわくんの母が「こういうチラシが入っていたよ」とW教会のチラシを見せてくれたからでした。
                                                 ※ 下線部についてのコメント

 年が明けましたが、痛む心をどうして良いかわからないでいました。聖書を読んでいると、マタイ18章15節が目につき、調べると「もし、あなたの兄弟があなたに罪を犯したら、行って、あなたと彼の間だけで<ひそかに>、彼に彼のあやまちを示しなさい。もし彼があなたに聞けば、あなたはあなたの兄弟を取り戻したのである。」(詳訳聖書)とあったので、このみことばに沿って、手紙を直接、手渡すことにしました(「もう来るな!」と言われていたことと、「でも」という口癖がまた出ても逆効果だと思ったので手紙にしました)。「批判ととられたら、悲しいのですが」とかなり気をくばって書いて、A牧師に手渡しました。後日すぐに、手紙が一枚送られてきましたが、問題にはふれず、何かの集まりのことが書かれていて、何を書いているのか、うるちゃんにはよくわからず、よそよそしく感じられるものでした。

 それで、続く16節のみことば、「しかし、もし彼が聞き入れないなら、ほかにひとりかふたりをいっしょに連れて行きなさい。ふたりか三人の証人の口によって、すべての事実が確認されるためです。」の通り、一緒にかかわったはづきさん(12月19日には報告することを避けたのですが、今度は同意してくれました)、と共に教会に出向きました。しかし、はづきさんがA牧師の機嫌を取るように話した言葉に、うるちゃんはムッとしてしまったため、A牧師にあしらわれてしまい、かえって、傷を深くしただけでした。前回、出した手紙はと言えば、「僕は、読まなかったよ。妻に読むように渡したら、読む前に、『この手紙には悪霊がついてますから、追い出します。』と言って追い出していたよ。そんな手紙を読む必要もない。」と言われ、読んでももらえなかったことがわかりました。A牧師夫人に聞くと、「私には、悪霊を叱りつける賜物があるから、わかったんです。」と、言われました。「手紙に、悪霊がついていたのなら、うる本人には、もっとすごいものがついているでしょう。追い出してください。」と言うと、「もういません。私が追い出しましたから。」と言われ、ものすごく納得がいかない思いが残りました。

 ますます、どうしてよいのかわからないので、つづく17節を見ました。「それでもなお、言うことを聞き入れようとしないなら、教会に告げなさい。教会の言うことさえも聞こうとしないなら、彼を異邦人か取税人のように扱いなさい。」と書かれてありました。単立のため、他に牧師はいませんでした。A牧師をマンツーマンで教えたK宣教師夫妻が、ちょうど近くに来ることと、その時に泊まる予定だった家が泊めることができなくなり、ちょうど泊まるところを捜しているとのことをはづきさんから聞きました。そのはづきさんの手配で、K宣教師夫人との連絡がとれました。電話をくださったK宣教師夫人に「ちょっと、A牧師との問題がありまして、聞いてくださればうれしいのですが。ちょうど、へいわくんが出張に行くので、よろしかったら、泊められる部屋がありますが。」と言ってみました。「後で連絡します。」と言われたのですが、その連絡が来る前に、A牧師から電話があり、「○○さん(K宣教師)は、あなたの誘いなどにのる人ではないんだ。夫は出張中ですから、泊まりに来てくださいと、あなたは誘いかけたそうではないか。彼は、私との古いつきあいで、ツーカーなんだよ。」と言われたのでした。また、教会の信徒のOさんから、「うるちゃんさんは、『エホバの証人の教会へ行った。』とA牧師が言っていたけれども、本当なの?」と心配の電話がありました。よく聞いてみると、早天祈祷会の集まりで、言われたとのことでした。

外部に聞かせたくないようなことが起こりましたが、うるちゃんはこれからどうなるのでしょうか?!   つづく・・・

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  【うるちゃんと教会】
  ★ へいわくんの実家近くのA教団のW教会
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)



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Friday, July 03, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 5-3 報告

  【Part5の登場人物】
     うるちゃん : 主人公
     へいわくん : 夫
     なごみちゃん: 長女
     サイエン君 : 長男
     はづきさん : 友人
     友人Nさん : なごみちゃんの幼稚園のママ友
     友人Iさん  : A教会で出会った友人
     Gさん   : エホバの証人に入ったばかりの女性
     Tさん   : バプテスト教会の知人女性
     S牧師   : A教会に来た同盟教団の牧師

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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 はづきさんと一緒に、エホバの証人のGさんとの交わりを2回持つ間に、途中、聖書のギリシャ語版も手に入りました。聖書が違うので原典から話をするのが良いと思えました。ギリシャ語版を調べることによって、学びが深められました。3回目の訪問を控え、「エホバの証人と何回か話し合いの場を設ける時は、必ず教会と連絡をとり、牧師の承認と指導のもとに行うことです。」というエホバの証人対応の専門家の言葉に従って、A牧師のもとへ報告に行きました。面と向かってエホバの証人のことだと言えば、会ってもらえないのはわかっていたので、気を遣って「教理の確認」と言って会ったのでした。1996年12月19日(木)のことでした。はづきさんは、面倒を避けるため、A牧師への報告をいやがり、A牧師にうるちゃんのことをくれぐれもよろしくと言って帰ってしまいました。A牧師とうるちゃんと幼いサイエンくんだけが残されました。

「明日、エホバの証人さんが、来ることになっていて、証ししたいので、資料を見てもらえませんか?」言い終わらないうちに、激しいことばが返ってきたのです。「何の話かと思えば、また、そんな話か!」(厚さ5センチくらいになったワープロの資料を見て、)「こんなものまで、作って…」

 この時、いくつかのみことばも言われたのですが、何が起こったのか理解できず、真っ白になった頭には全く入ってこず、「家で、よく考えますので、書きとめさせてください。」と答えるのが精一杯でした(ショックのため結局書き留めることもできなかったのですが、「あなたたちの指導者たちの言うことを聞き、また服従しなさい。(ヘブル 13:17) 」「神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに決められた時代と、その住まいの境界とをお定めになりました。」(使徒の働き 17:26)を根拠に「神が境界線を定めたのだから教会を越えて他に言ってはいけない」と言われたことは覚えていました)。だんだんと会話しているうちに、頭が痛くなって、ぼーっとしてきました。涙が流れてきました。そのようなうるちゃんを見て、A牧師は、「子供の前で泣くんじゃない!」と言い放ちました。「サイエンくんでしたら、平気です。うるちゃんの泣くのはよく見ていますから。(祈りで泣いているのをいつも近くにいて見て育っていた)」と答えながら、まだ、自分が何かまずいことをしたのかどうかが理解できずにいました。

 何でそんなにA牧師が逆上するのかうるちゃんにはわかりませんでした。何でそんなに怒るのかもわかりませんでした。何でそのようにまで言われるのかもわかりませんでした。

uruchan 「指導者に服従せよ。」も、自分がみことば不足なのもよく分かっている上で始めたことでした。みことば不足だから、一所懸命調べたのです。「エホバの証人が強力な悪霊によるもの」というA牧師が主張する考えも知らないわけではありませんでした。でも大野キリスト教会の文書と、心に響いた声が迫ってくるのでした。姑さんが、エホバの証人の誘いを断れず、困っている友人Nさんの相談も受けていました。お姉さんがエホバの証人になり、困っているクリスチャンの友人Iさんの相談も受けたことがあります。昔、危うく、エホバの証人になりかかったクリスチャンのはづきさんもいるのです。やめます、とも言えず、ただ泣くことしかできませんでした。

 だまって泣いているうるちゃんに、A牧師はとどめのように言いました。「あなたの相談はいつもそのようなことだ(前の住まいに住んでいた頃、周囲の態度に悩み、初めて、牧師に相談したことがありました。その時、『そのようなことで悩むなんて・・・。世の中には、もっと大きな悩みがあるんだよ。あなたのそのような悩みは、5年もすれば、なぜ、あのときは悩んだんだろうと、解決しているものだよ。』と一笑に伏され、教会にはカウンセラーの賜物を持った人が必要だ、カウンセリングはきっと、賜物なのだ、イエス様に頼るしかないと思ったことがあったのでした。6年たってこれをまとめている今も、当時の周囲の問題は大変だったと回想しています)。そもそも、『でも』ということばが反抗的なんだ(『でも』というのは、いろいろなことを細かく想定し分析する情報処理職のうるちゃんの悪い口癖かもしれない)。もう私の所に(相談に?)来ないでくれ!」 「誰のところに話をすればいいのでしょうか?」と問ううるちゃんに、「小グループのリーダーでもだれでもいるだろう? とにかく、もう来ないように。……。」ということばが返って来ました。真っ白になった頭の中、なぜここに証人がいないのか、なぜ幼い子供とうるちゃんしかいないのか、録音していたら何がいけなかったのかを確認できるのに。証人がいないことが悲しく思われました。「牧師」ということで信頼していたので、起こったことが信じられませんでした。何かの間違いであったらと思いました。

 何があっても、主が植えてくださった教会だと思い(そう教えられていました)、3年間を過ごし、永遠のコイノニアなる付き合いの続く関係だと信じ、心を尽くして毎日祈ってきた教会でした。「もう私のところに来るな!」そのことばがある限り、もはや行くことが出来ませんでした(指導者に徹底的に従う決意をしていたので)。S牧師との祈りの時のみことばを思い出していました。現在、本当に除名になりかかっていました。

 「あなたたちの指導者たちの言うことを聞き、また服従しなさい。」「主が植えられた教会から勝手に、出て行くとのろいを受けた人がいて、中には命を失った人もいる。」「主が植えられた教会を出ると、イエス様の傘から出ることになる。」そのように教わっていたので、どうしたらいいのか真剣に祈ったところ、「指導者が、神に罪を犯すような結果を招くようなことを勧めたり強要する場合は、ヘブル 13:17の限りではない。」と心の声の主が語られたのです。

 帰宅中、頭痛と共に、熱まで出てきたので、「主のみこころからはずれているのでしたら、このまま熱をさげないでくださいますように。みこころならば、頭痛も熱も、明日の朝まで下げてくださいますように。」そう祈って眠りにつきました。半ばもう面倒だし、やめたくなってきていたので(うるちゃんが間違っていましたと謝るなら、まだとどまれるはずでした。実際はづきさんはそうしてとどまりました)、熱で寝ていたほうが楽だと思ってもいました。次の朝、面倒なことに、熱も頭痛もとれて、何故か気分は爽快でした。

 ついでにウィリアム・ウッド師の文書を見たことから始まったことなので、電話で、「エホバの証人への伝道は、賜物ですか。」と尋ねてみました。賜物でもないのにやろうとするうるが、悪かったのかどうか確かめたかったのです。「エホバの証人への伝道は、賜物ではない。エホバの証人への認識の差です。」という答えが返ってきたのでした。

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  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)



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Wednesday, July 01, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 5-2 今までの経験

  【Part5の登場人物】
     うるちゃん : 主人公
     へいわくん : 夫
     なごみちゃん: 長女
     サイエン君 : 長男
     はづきさん : 友人
     友人Nさん : なごみちゃんの幼稚園のママ友
     友人Iさん  : A教会で出会った友人
     Gさん   : エホバの証人に入ったばかりの女性

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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 救われて間もなく、今のうるちゃんにできることをと思い、近所へのトラクト配付の思いが与えられました。1000枚位はまきたいと思い、教会に実費での印刷をさせてもらえるようお願いした時でした(教会作成のトラクトで、婦人会ではよく配布していたものです)。枚数のことで、ちょっとしたトラブルがありました。100枚か200枚にするようにという教会側ともめたことがありました。理由はわかりませんが、話し合って理解してもらい、1000枚ということで無事解決しました。

kinsi 神奈川県内の教会で作成した「進入禁止」のエホバの証人防止トラクトをまきたいと言ったときにも、これはよくないというA牧師側と見方の食い違いがありました。これも祈って、数日後急にA牧師が意見を翻し、解決しました。

 A教会がある地域で開かれていた羽鳥明牧師の家庭集会に行った時のことです。あることから集会に行っているバプテスト教会のTさんと知り合って、行ってみました。決して有名な先生だからというようなミーハー的な思いからではありませんでした。はづきさんも行っていたので、牧師に無断で行くことが悪いことだとは思わなかったのです。A教会に開拓伝道の知らせに来た同盟教団のS牧師の駅前伝道の手伝いをしようとした時もA牧師との戦いがありました。両方とも、悪いこととは思わなかったのですが、A牧師の意見は「他には行かないように!」というものでした。そう言われた時、叱られて窮地にたったうるちゃんが、真剣に祈った時、心に響いてきたみことばがありました。「あなたの同意なしに何一つすまいと思いました。(ピレモン14)」でした。何か主のみこころがあるのかと思い、これからは、すべてを牧師の同意を得てからしようと決意しました。A牧師が「他には行かないように!」といった際に繰り返し言った「あなたたちの指導者たちの言うことを聞き、また服従しなさい。(ヘブル 13:17) 」も、うるちゃんは自分でも納得した上で従いました。この時の痛みから、A牧師との関係に平安を失う状態になったこともありました。が、祈りと満たしで解放を得ていました。うるちゃんが悩んでいる時、A教会に相談しても「気にしないことですよ。」とかわされることが多くあり、キリストを思い泣いて帰らない時がないくらいでした。

 このような3年間を通っていたうるちゃんではありましたが、A牧師のことや教会のことを祈っていた(「すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。それは、私たちが敬虔に、また、威厳をもって、平安で静かな一生を過ごすためです。そうすることは、私たちの救い主である神の御前において良いことであり、喜ばれることなのです。」(Ⅰテモテ 2:1-3)のみことばの実践)ある日、イエス様が、ご自身の愛を送りこんでくださったのです。A牧師の言動に傷ついたある朝、聖霊様が強く満たしてくださり、その愛を送ってくださったのです。なんと表現してよいのか、まさしく天からの賜物といえるようなあたたかいものでした。その満たしの後、ものすごく、A牧師に会いたくなったものでした(教会に行ったところ不在でした)。イエス様のA牧師への愛だと思いました。だから、これらのことは、必要な学びであったと心から感謝できたのです。

 以前から、A教会の少なくはない数のクリスチャンが同じようなことでつまずき、出ていっているのを聞き、また、見たこともあったのでしたが、つまずく方に問題があるという言い分を信じていました。その中に、状態が悪くなっている方もいましたが相手の問題のように処理されていました。しかし、自ら経験して知ったことがありました。はたして、救われたての赤ん坊やよちよち歩きの幼子がつまずくのと、つまずきの石を足元に置くのとどちらがいけないのだろうと不思議に思います。

 以前、伝道を手伝おうとしたS牧師との祈りで(はづきさんが、うるちゃんの家に連れてきて、3人で祈りを持ったのです)、「人の子のために、人々があなたがたを憎むとき、また、あなたがたを除名し、はずかしめ、あなたがたの名をあしざまにけなすとき、あなたがたは 幸いです。その日には、喜びなさい。おどり上がって喜びなさい。天ではあなたがたの報いは大きいからです。彼らの先祖も、預言者たちをそのように扱ったのです。(ルカ 6:22~23)」のみことばが心に響きました。響いてきたときは、かつて礼拝を守りたくて引っ越しとなった際のような未信者との戦いがまたあるのかと思ったのですが、戦いがあった相手は、信頼していたA牧師でした。このときS牧師と祈り会をしたことをA牧師に叱られ、そのみことばはサタンの声だと言われました。S牧師は公に教会に来て、開拓伝道の協力を依頼されたので、そのS牧師と祈ることが、いけないことだとは全く思わなかったのです。この時、除名一歩手前になったのですが、不従順を謝って従ったのでした。それから、サタンからのみことばだと言われたうるちゃんに混乱が始まりました。一体、心に響いてくる思いは何なのか。イエス様を求めて、祈りで語られて、それでも、それがサタンだったのかと。イエス様に「あなたのみこころが知りたい。」と切に願って、はたしてイエス様の赦しの中で、サタンの声を聞かせるのだろうか? 示される罪はすべて、既に悔い改め、十字架につけたつもりでした。もちろん、それでも、完全になるわけではないことを知っていました。うるちゃんのイエス様は、子供がパンを求めているのに石をくれるようなお方でもないし、魚を求めているのに、蛇をくれるような方でもないのだと思い、また、語られたことの多くが実現していることを思いだし、うるちゃんは語りかけの主を信じることにして、平安を取り戻しました。

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  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)



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Tuesday, June 30, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 5-1 気付きのきっかけ

  【Part4までの登場人物】
     うるちゃん : 主人公
     へいわくん : 夫
     なごみちゃん: 長女
     サイエン君 : 長男
     はづきさん : 友人
     N師    : はづきさんを導いた女性
     Kさん   : はづきさん経由で知り合ったA教会の友人
     友人Nさん : なごみちゃんの幼稚園のママ友

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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 ある日、「エホバの証人をキリストへ」の働きをしておられる大野キリスト教会の文書を読んで、目を開かれる思いがしました。その抜粋をあげると・・・。

 ベバリィは、若い頃、献身して宣教師になりたいと願っていた。しかし主のご計画は異なり、彼女は結婚に導かれ、主婦として子供を育てるようになった。ある日の夕方、エホバの証人が彼女の家を尋ねて来た。彼女はしばらく話しているうちに、エホバの証人に証詞したいという思いが与えられた。
 具体的にどうしたらよいのか。何も分らなかった彼女は、アドバイスを求めて牧師の所へ行った。牧師はⅡヨハネの手紙 7~11 節の聖句を開いた。そして、「『エホバの証人』はこの箇所の『キリストの教えのうちにとどまらない者』である。彼らを家に入れてはいけないし、話をしてもいけない」と忠告した。牧師からそう言われ、彼女は帰宅した。だが、エホバの証人に対する救霊の重荷は大きくなるばかりだった。牧師の助言にも満足できなかった。彼女は牧師が開いた聖句をもう一度考えてみた。すると一つのことに気づいた。Ⅱヨハネの手紙において言及されている人は、『一度は真のキリスト教信仰に入ったが、その後背教してしまった人』のことではないか。一方、自分を訪問してくれたエホバの証人は、これまで一度も本当の福音を聞いたことがなかった人である。従って背教者と呼ぶことは間違っているのではないか。すると、このみ言葉を、私を訪問してくれたあのエホバの証人に当てはめることは正しいとは言えないのではないか。彼女もまた、真の福音を聞く必要があり、本当の救いにあずかるチャンスが提供されるべきではないか。そのような確信が与えられたので、彼女はエホバの証人伝道に献身した。その結果、彼女をとおして多くのエホバの証人がキリストの福音に導かれるようになったのである。

 これを目にしたうるちゃんは、心揺さぶられ、アーメンだと思いました。

 ある日、うるちゃんの家にやってきた若いエホバの証人の方を、自分がみことばも不十分だからと思い、「忙しいから」と、丁重に断りました。断った途端、自分の愛のなさと、他人の目を気にかけ心の中で異端であるエホバの証人を嫌っている自分に気付かされました。「今があの人の、真の福音を聞く一つのチャンスでもあった。」という追いかけたくなる程の思いがやって来て、後悔したのです。
エホバの証人の方だからといって、心で嫌い神の愛を伝えないことは、罪だと思いました。(信仰によって無視するよりも、異邦人であっても、真の福音を知らない人に伝えることのほうがみこころにかなうことだと思いました。)

 1996年10月18日(金)、はづきさんの家での家庭集会中、イエス様に心を向けると、次のような思いが心にわきました。救われてから3年弱の頃でした。

「肉から出たことは霊に反します。他の人が水をさすようなことがあっても、それが、愛からのことばでないなら、あなたは与えられた信仰を守りなさい。その言葉があなたををさげすみ、中傷するような言葉であっても、動揺してはなりません。『私は罪人であり、さげすまれ非難中傷されるに値する者』それがイエス・キリストに従う者の道です。エホバの証人の方々をも愛しなさい。わたしはその人たちを愛し、その人たちのためにも血を流し、罪を贖ったのです。切り捨てることが愛ではありません。以前からのウィリアム・ウッド師や中川啓介師の本やビデオでの学び、救いを受ける前にエホバの証人の学びを8ヶ月したというはづきさんが、あなたをイエス様に導いたということも、友人Iさんのお姉さんがエホバの証人になり困っていることや、友人Nさんのおばあさんがエホバの証人の誘いを受けていることも、偶然に起こったことではありません。あなたの家に、最近、急にエホバの証人がひんぱんに訪れるのも偶然ではなく、今日のビデオの学びも偶然ではないのです(家庭集会でビデオが上映されたのだが、そこで交わされる会話に「そうではない!」と悲しみが湧き上がってきて何か隔たりを感じたことを覚えている)。すべては神の御手のもとになされていることです。あなたが立ち上がる時です。あなたがたが立ち上がる時です。そのための知識の備えを与えます。まとめて準備しなさい。それがエホバの証人や異なる教えに足を踏み入れようとする方々にとっても光となるのです。それが羊を奪う者の手から、羊を守ることにもなるのです。」
                                                 ※ 下線部についてのコメント

 以前、うるちゃんの心に語られるこのような思いが、時によってサタンからであるとA牧師から言われたことがあり(神からだと言われることのほうが多かったのだが、気まぐれのようにサタンと言うことがあった)、たびたび否定してはみました。しかし、今までこの思いに従ってきて、多くのことが実現しているのです。反対に、イエス様の愛がよくわかるようになってくるこのような言葉がA牧師がいうところのサタンの欺きだとしたら、一体、何を信じればよいというのかわからなくなってくる。この思いに従ってきて、救いの道へ入れられたのですから。聖書も、うるちゃんの救いもひっくり返ってしまいそうになります。

 どのように準備すればよいのかと思いましたが、偶然に導かれるままに、新世界訳聖書(はづきさんが持っていたエホバの証人の聖書)の巻末にある「話し合いのための聖書の話題」をまとめました。書かれてあるみことばの箇所を「新世界訳」「新改訳」「英語(NKJ)」の三つを抜き出して表にしていくだけの単純作業でしたが、エホバの証人がどのように変えられたみことばでどういった教えを受けて訪問してくるのかが濃縮されていて、理解を深める作業となったのです。当時は、文書の作成はワープロでの作業でした。膨大な量で、途中で「何のためにこんな労力を使っているのか?」とやめたくなることもありましたが、その都度心に励ましを受け、1ヶ月以上かかりましたが、完成させました。

 この作業を始めた3日目、自転車に乗っている時、何もない道で、何か風のような、クモの巣のようなものが、目にからみついてきました(眼鏡をかけていたにもかかわらず、眼鏡を飛び越してからみついてきたような感じだった)。瞬間、目がとても痛くなり、開けていられなくなったのです。すぐに確かめたのですが、クモの巣はありませんでした。クモの巣でないことを確認したと同時に、「ワープロをもう続けるな! 続けると、目が見えなくなるぞ!」というおどしのような声が心に響いてきました。一瞬混乱しましたが、聖書のとおりイエスの御名で追い出すと、目の痛みも消えたのでした。もうやめようかな? と思いましたが、それが敵の手だと思えたので、作業を続けました。目はそれ以来、疲れることすらありませんでした。資料が完成して、どうやってコピーしようかと思案した時(コンビニで1枚1枚手差しで指しかえるには、膨大な作業になるからです)、へいわくんの知っている所に、オートフィーダー機能のついたコピー機があるのを思い出しました。相談したところ、すぐにやってくれました。ところが、へいわくんは、コピーして帰宅するやいなや、熱に倒れ、5日間寝込んだのです。(結婚してからもこの後も、このようなことはありませんでした。)       完成した資料

 はづきさんが、真の福音にまだふれていない、必要のあるエホバの証人を送ってくださるようにと、祈っていたら、ある女性Gさんに出会いました。そのGさんは日本の一般家庭同様、仏教を家の宗教としていたのですが、ある日、エホバの証人の訪問を受け、子育ての悩みなど、ひとつひとつ丁寧に説明されたことから、これが真理だと思い、入信したそうでした。はづきさんから相談を受けたので、祈りながら、はづきさんと一緒にGさんとの交わりを2回もった後、ウィリアム・ウッド師の「目覚めの時」の裏表紙が目にはいったのでした。「エホバの証人と何回か話し合いの場を設ける時は、必ず教会と連絡をとり、牧師の承認と指導のもとに行うことです。」と書いてありました。気にはなっていたことでしたが、A牧師に相談した結果は今までの経験上、わかっていたので、後回しにしていたことでした。

うるちゃんのいう今までの経験とは何だったのでしょうか?!   つづく・・・

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  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)



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Tuesday, June 23, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 4-3 イエスさまとの旅路

  【Part4の登場人物】   うるちゃん : 主人公
              へいわくん : 夫
              なごみちゃん: 長女
              サイエン君 : 長男
              はづきさん : 友人
              友人Nさん : なごみちゃんの幼稚園のママ友

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

※ 今回の物語には、救われたての幼い信仰ゆえの単純な行動が記されています。寛容な視点で読んでくださいますように!

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 ある信仰書を読んだある日、改めてきちんと過去の罪を告白しようと思い、帰ってきたへいわくんと共に悔い改めの祈りをしました。2つばかり抜けを思い出したので、翌日も祈り合いました。その翌日も2つばかり抜けを思い出したので、同様にしました。
3日目の夜、へいわくんが床についたとき天井に3人の幼児が現れました。木陰から顔を覗かせていたそうです。「イエスの御名によって、悪霊よ、去れ!」と言ったら消えたそうでした。一瞬のことだといいますが、はっきり見えたそうでした。幻か、悪霊か、そのどちらでないにしても、何で幼児なのか不思議でした。この3日間、2人とも子供のことについて特に考えてもいませんでしたから。
付け加えておきますが、へいわくんもうるちゃんも、幻覚や幻聴、また幽霊の類を見たり聞いたりしたことは、まったくありませんでした。

 その頃、うるちゃんの引っ越した家は預言通り、平安に満ちていて不満はなかったものの、なごみちゃんとサイエンくんが通っていた幼稚園の送迎バスが来ない地域のために、片道3600メートルある山道を、なごみちゃんとサイエンくんを自転車に乗せて幼稚園に通うことになったのでした。何日も経つと、そのような状況に疲れを覚えはじめました。何故このことだけがうまくいってないのかと…。というのは、お迎えにいく“その時間だけ”ねらってでもいるかのように、雨に降られるということが何日も続いたからでした。前後の時間は晴れていたり曇っていたりと降っていないのですが、待ち構えていたかのように、それも小雨などではなく、道が川になるほどの大雨でした。祈っても雨に降られつづけ、ある時などは、すごい集中豪雨と雷にあいました。

 幼稚園の友人のNさんなどは「最近、お迎えの時になると雨に降られるわ。」とこぼしていたほどでした。9月22日(木)その日もお迎えが近づいた頃、雨が降り出しました。雨にうんざりしながらもイエス様がついていてくださっていると思い、感謝しながら迎えに行きました。友人のNさんの家で雨が上がるのを待って帰りました。昼頃から何となく頭が痛く、悪寒が走っていたのですが、夜、とうとう熱を出してしまいました。次の日から、ベニー・ヒンの聖会のために大阪の実家へ、また、田舎で家を新築した際の建前の時に神主さんにお払いされた柱を除くために、田舎へ行く予定をたてていた矢先の出来事でしたので(先日、偶像礼拝の罪を告白していた時から、柱を家から除きたいと思っていたのです)、妨げだと思いました。日頃、あまり風邪をひかず、熱を出しても一晩眠れば治っていたので、あまり心配はしていませんでした。幼稚園のお迎えのために連日、雨に打たれたせいもあり、この幼稚園へ通い続けるのはみこころではないことなのかと思い、「主よ、幼稚園の送り迎えに毎日合計約14キロ(3600メートル×4)の道のりを行くのだけでも大変なのに、祈っても祈っても、お迎え時に雨に降られ続けるのは、なぜですか? うるは病に倒れ、もう通い続ける自信がありません。」と涙ながらに祈りました。すると聖書のある箇所が示されたのです。エズラ記10章9節を見よという思いがくるのでした。その個所には、「それは、第九の月の二十日であった。こうして、すべての民は神の宮の前の広場にすわり、このことと大雨のために震えていた。… … だから今、あなたがたの父祖の神、主に告白して、その御旨にかなったことをしなさい。この地の民と、外国の女から離れなさい。」(エズラ記10章9節・11節)と書かれていました。この日は、9月22日でした(2日のずれがありますが、偶然とは思えないほどはっきり書かれている個所でした)。幼稚園は引っ越す前(御陵の参道沿いの住まい)にいた町にありました。親しんでいた幼稚園に固執している自分に気付かされました。

 翌日の朝、ふらつきはするけれども、熱は下がっていたので、予定通り大阪へと向かいました。すると午後、再び熱が出て、動く気力も無くなってきてしまいました。大阪のへいわくんの実家に着くやいなや、布団に直行。しゃべる気力も無く、起き上がると気持ちが悪く、頭や喉も痛み、最悪の状態でした。翌日になって、熱は下がっても、起き上がれない状態は同じでした。「医者は好きではないけれども、明日の聖会へは行きたい。注射一本でも打ってもらって早く治そう。」と思い、這うようにして(車だったが)、近くのクリニックへ行きました。診察室へ入り、うるちゃんの状態と肌と白目が黄色いのを見た医者は、「これは、大変ですよ。肝炎のようです。風邪のように見えますが黄疸が出ています。動けない程でしょう。旅行なんてもってのほかです。今日、明日は、安静に寝ていることです。出掛けるなんてとんでもない。1週間で死ぬこともあるのです。入院しなければならなくなるかもしれません。早くて1ケ月で治るでしょう。とりあえず、大きな病院へ行くことです。救急車を呼びましょう。」と言われたのでした。うるちゃんは、幼稚園のお迎えによる疲れからきたものだと思っていたのでしたが、「この病気は疲れからくるものではない。」と言われました。しかし、医者のことばは、うるちゃんにとって悪い冗談としか思えませんでした。

 救急車の中で考えることは、明日の聖会のことばかり。「何とかして入院だけは避けたい。もし入院ということになったら、医者をどうやって説得するか。あ~、でも起き上がれないし…。へいわくんだけにでも行ってもらって、集会のビデオを買ってきてもらおうか…。いっそのことタンカに乗ってでも行けないかなぁ…。明日は聖会だというのに何で寝てなければいけないのか?? ベニー・ヒンが悪霊による惑わしだとでも言うのであればともかく、絶対、行けるはずだ!」

 総合病院へ着くと、検査と点滴を受けた。検査の結果、「白血球は乱れていますが、はっきりしたことはまだわかりません。月曜日(その日は土曜日で休日だった。)にならないと、医者がいず、精密検査が出来ないので、とりあえず帰って月曜日まで安静にしていてください。容体が変わったら来てください。」とのことでした。「やった! 入院は免れた。明日は行けるに違いない。でも、今日の明日で、はたして本当に起き上がれるかな…」と思いつつ、そのような状態で聖会当日を迎えました。A教会の人たちの祈りにもささえられ、朝、賛美し、ベニー・ヒンの本を読んでいる時のことでした。祈りつつ数ページを読んだところで、何かが体に働いたような感覚が起こりました。体に震えと熱い何かが走り、瞬間に、具合が良くなったのです。癒されたと確信して、起きてみました。普段の調子に戻っていたのです。ハレルヤ!
                                                         ※ この部分についてのコメント

 車で、聖会会場へ行きました。昨日までの状態が状態だったので、不安もありました。聖会中、熱が出始めました(体温計を持参していました)。でも昨日までとは異なり具合は良いのです。聖会が終わり、家に帰る頃は熱も下がり、完全に癒されていました。

 家に帰り、途中で倒れているのではないかと、心配していたへいわくんの両親は、突然、元気になったうるちゃんを見て驚いていました。

 いろいろあったにもかかわらず、予定通りに田舎の柱も持ち帰り、処分することができました。この柱を簡単に持ち帰ることが出来たのも、うるちゃんがイエス様を知る前から、主が関与していてくださったおかげだと思います。通常、建前の柱は、家の床の間の支柱に組み込まれるとのことでした(地域的な風習かもしれませんが)。うるちゃん達が家を建てたニュータウンのまわりの他の家ではやはり、家の柱となっていました。うるちゃん達の家だけが忘れられていたのでした(不動産屋さん談)。当時は縁起でもないと立腹して苦情を言ったものでした(今では感謝になりました)。家が建った後ではどうしようもないので家の床の間の屋根裏に入れてあったものでした。うるちゃんたちが越した後は、家は、人に貸していたのですが、1年もたたないのに、この連休中に出ていかれたのでした。まるで、主が、柱を取って来ることが出来るように段取りを付けてくださったようでした。 

信仰の赤ちゃんだったうるちゃんが訓練され、ついにA教会にいられなくなることが起こります。Par5につづく・・・

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【参考】様々なメッセンジャーについて~小羊うるちゃん物語へのコメント~(2020.5.14)

  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)



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Monday, June 22, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 4-2 礼拝への思いに対する主からの応答

  【Part4の登場人物】   うるちゃん : 主人公
              へいわくん : 夫
              なごみちゃん: 長女
              サイエン君 : 長男
              はづきさん : 友人

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

※ 今回の物語には、教会の礼拝時の「預言」「会衆預言」が出てきます。ペンテコステ系単立教会においては、時に礼拝の中でなされることがあります。一般のオーソドックスな多くの教会ではなされていませんが、寛容な視点でお読みください。
また、幼い信仰ゆえの単純な行動もが記されています。これもまた、寛容な視点で読んでくださいますように!

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 ある日、うるちゃんの中に、ある思いが浮かんできました。それは、会社にシャ宅を移してもらうように手紙を出す、という思いでした。でも、そのようなことは、へいわくんに迷惑がかかるのでするべきではない、とも思いました。会社に言うのならばへいわくんが直接…、と思い、へいわくんにもそう伝えていました。そう思いながらも、手紙を出せばうまくいくような気がしてなりませんでした。それで、主に聞いてみようと思いました。プールへ行こうとしていたある日、近くのプールが滅多にない休みで行けなかったせいもあり、こう言ってみたのです。「隣の市のプールがもし、休みで入れなかった場合は、手紙を出しません。入れた場合は、手紙をすぐに出します。」と。初めて行くプールでした。行ってみるとなぜか休みでした(定休日ではない)。出せないとなると、出したくなるもので、もう一回、今度は逆に、「またその隣の市のプールへ、なんらかの理由で入れなかった場合は、手紙を出します。そのプールまでの道がわかりませんが、スムーズに行けた場合は、手紙を出しません。」と言ってみました。そう言った途端、道案内が出たり、適当に行った道があっていたりして、迷わずにプールまで着いたのでした。広い公園内にあるプールで、うるちゃんたちが行った時間だと、まず通常は駐車場が満車のはずでした。しかし、待たずに停められたのです。そして、広い公園内で迷うようなところ、一組の家族連れが道案内するように先導し、一時間に一本の送迎バスにも、ぎりぎりで乗れたのです。ここまでスムーズに行くと、無視するわけにはいかないように思え、手紙は自分の心から出たことかとあきらめました。
                                                         ※ ここでの行為を振り返ったコメント

 そのような状態の中、A教会で毎年開催している夏期聖会を迎えました。その聖会はエドウィン・ソーサというプエルトリコから来た預言者を招いての集会でした。その一回目の集会でうるちゃんは名指しで次のような個人預言を受けました。「もうこれ以上苦しむ“必要はありません”。あなたの重荷をわたしは今受け取りました。もう涙を流す“必要はありません”。わたしはあなたの助け主であります。今まで閉ざされていたドアを今開きます。あなたの必要をよく知っています。そしてあなたの必要を満たす神であります。あなたに力を与えます。」と。
 そして、手紙を出したいけれど出すべきではないような気もするし…、というジレンマの中、東京福音クルセードも終わりました。その翌日、次のようなみことばが心に示されたのです。「私はあなたの従順を確信して、あなたにこの手紙を書きました。私の言うこと以上のことをしてくださるあなたであると、知っているからです。それにまた、私の宿の用意もしておいてください。」(ピレモンへの手紙21節・22節)

 早速、会社に手紙を出しました。すると、数日後、総務部長から直接うるちゃんに電話がかかってきたのです。会って話がしたいと。うるちゃんは、まわりの人にも祈ってもらいつつ、総務部長に会いに行きました。すると驚いたことに、もう引っ越し先の家が準備されていたのです。会いたいというのは下見のためでした。その家は、引っ越す前に故郷に購入した持ち家と同じような間取りの一戸建てでした。気になるのは費用のほうでした。しかし、そのことも整えられていたのです。引っ越し費用は会社負担、しかもシャ宅費も本来なら高くなるところ会社が面倒をみてくれることになったのです。さらに、ガレージ付なので駐車場代がかからなくなるという、おまけ付でした。
一戸建てのシャ宅は数がなく、しかも自己理由にもかかわらず、費用は会社がもってくれるということは、例がないことで、全くの奇跡でした。
  ハレルヤ!

 教会の近くに行きたかったこと(用意されたシャ宅もまた、遠い地域にあった)と話がうますぎる(教会の近くではなかったこと以外、すべて祈った通りの家であった)ことから、本当にこのシャ宅へ行くべきなのか迷ったのですが、条件などから、他に行くところがないことがわかりました。

 それでも、交通が激しく、暗い所のように思われたので(後で、別の道があることや決して暗い所ではないということがわかった)、「うるは、教会の近くに行きたかったのですが、ここがうるの行くべき地なのですか?」と主に尋ねてみました。すると、「あなたがたは互いに自分の友を、ぶどうの木の下といちじくの木の下に招き合うであろう。」(ゼカリヤ書3章10節)と心に示されたのでした。

 さらにうるちゃんは、引っ越しするときに、信仰への誤解を避けるために、トラクトと証しを、今までいたシャ宅の住人に配っていこう、という思いを持っていました。でもそれは、圧力をかける行動をとっていた中心人物をも含んでいるので、「そのことを成せるように、主よ、力をお貸しください。うるを励まして下さい。」と祈りました。すると、翌日の8月28日の礼拝でのA牧師夫人の会衆預言が再び心にふれてきたのです。「わたしの愛する息子よ。わたしの愛する娘よ。あなたは、わたしの血によってあがないとられた尊いわたしの子です。あなたは、わたしの愛の御手の中に今あります。それゆえ、あなたは恐れてはなりません。わたしはあなたの側にいます。…。心配してはなりません。わたしはあなたに声をかけてあなたのすばらしいわたしの願っている門を開きます。あなたはわたしの宝。恐れないでただ歩んでいらっしゃい。そこは、“希望と喜びと平安の中”です。あなたは、わたしの働き人としてあなたが歩むためにあがないとられたのです。だからあなたはわたしの力をいただきなさい。わたしは今、わたしの力をあなたの内側に今与えます。」というものでした。さらに、「彼らは、わたしのものとなる。…。わたしが事を行う日に、わたしの宝となる。人が自分に仕える子をあわれむように、わたしは彼らをあわれむ。あなたがたは再び、正しい人と悪者、神に仕える者と仕えない者との違いを見るようになる。」(マラキ書3章17節・18節)というみことばが心に示されました。その預言とみことばに勇気づけられ、証しのトラクトを持って、挨拶に出向きました。すると1名を除くすべての人が快く受け取ってくれたのでした。その1名は、あの圧力をかける行動をとった人でした。

 後でわかったことですが、うるちゃんが手紙を出した時期は、ちょうど、地方からの転勤者の苦情についての組合の動きに合致していたのでした。本人からの苦情には会社も慣れていたようでしたが、奥さんからの申し出というのが、この時はかえって良かったようでした。次の掃除の日の二週間前にうるちゃんたち家族は、引っ越したのです。掃除中のシャ宅の住人たちの見ている中、会社の制服を着た人たちの手によって、引越しがなされたのでした。

 引っ越し先の周囲はというと、びっくりするほど穏やかな交わりを持ってくださる方ばかりで、預言通り、そこで、過ごした1年半は、希望と喜びと平安に満ちていました。恵み深き主に感謝します。

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【参考】CVSAブログ「預言について」

  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)



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Monday, June 15, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 4-1 イエス様と共に

  【前回までの登場人物】 うるちゃん : 主人公
              へいわくん : 夫
              なごみちゃん: 長女
              サイエン君 : 長男
              はづきさん : 友人
              N師    : はづきさんを導いた女性
              Kさん   : はづきさん経由で知り合ったA教会の友人

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

※ 今回の物語には、教会の礼拝時の「預言」「会衆預言」が出てきます。ペンテコステ系単立教会においては、時に礼拝の中でなされることがあります。一般のオーソドックスな多くの教会ではなされていませんが、寛容な視点でお読みください。

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 救われた当時、うるちゃんの住んでいた所はシャ宅で、御陵の参道沿いにありました。その頃のうるちゃんは、シャ宅の人たちの不可解な態度に、悩みを覚えていました。その地区は、古くからのしきたりがあって、数年前に入居したシャ宅の人たちは、なじめずに不満をかかえていたため、周囲に対しても冷たくなっていたのですが、越してきたばかりのうるちゃんには、わかりませんでした。

 なごみちゃんが生まれた頃に住んでいたシャ宅で隣に住んでいた人が、越してきてみると、また隣に住んでいました。このことも単なる偶然ではなく、神の計画があってのことのように思われました。その人の態度のあまりの変貌ぶりに、これはまわりの影響(環境のため)かもしれないと思いました。それで、うるちゃんは断食をして祈ってみよう、と思ったのです。

 たやすく断食できる人もいますが、うるちゃんにとっては違いました。幼い時のうるちゃんは、偏食・小食の子供であまり食べられず、空腹によりうずくまるほどの腹痛をおこしたり、吐いてしまったりしていたものでした。そのような記憶があるため無理をせずにまず、一日の断食から始めようと思いました。一人ではくじけるかもしれないと思ったので、教会で行なう日を選びました。その日は、へいわくんは出張中で、食事作りも子供たちだけの簡単なもので済ませることができるため、ちょうど良いと思われました。幼稚園の役員会の昼食もぐっとがまんして、子供たちの食事を横目に、なんとか朝・昼・晩とのりこえました。が、子供たちをお風呂に入れた頃から、目がまわり出したのです。祈るどころではなくなり、早く寝てしまおうと思い、寝ようとしました。ところが、夜1時ごろ、あまりの嘔吐感と頭痛に目が覚めてしまいました。そのうちに、うるちゃんのかつての同僚に一人暮らしの男性クリスチャンがいて、不精をして7日間何も食べないでいたところ、救急車を呼ぶ状態になった、という話を思い出しました。「他の人には数日の断食が出来ても、ひょっとしてうるは、特異体質で(幼い頃は、病気はあまりしなかったのだが、昔のことだったので、痩せているということで虚弱体質と判定されていた)、1日でも出来ないのかもしれない。うるは死んでしまうのかもしれない。そうしたら、子供たちはどうなるのだろう。へいわくんは出張中だし…」という思いが頭をぐるぐるかけめぐりました。「うるは自分では気づかなかった何らかの罪のため、今滅ぼされるのかもしれない」という恐れまで出てきました。結局そういった恐れに負け、朝が来る前に断念してしまいました。

 さて、断食が半ば失敗のように終わったため、その日以来、毎朝毎晩の祈りに身が入らなくなってしまいました。祈りに身が入らない状態が2週間ばかり続いた頃、ある試練がやってきました。

 うるちゃんが住んでいたシャ宅は12世帯が住んでいました。うるちゃんが教会へ行き出した3月から突然、隔月の第2日曜日の10時から約20分間、外回りの掃除をすることになってしまいました。教会へ行き出したばかりのうるちゃんは日曜日は都合が悪くて出来ないので、各家が都合の良い時間にきれいに掃除しておけばいいのでは…と提案したのですが受け入れてはもらえませんでした。それで、3月、5月はまだ教会へ行なっていなかったへいわくんが出て、その後は毎週1回定期的に個人で掃除していました。すると7月の掃除の時のこと、一部の人たちから、「自分たちは用事があっても後回しにしているのに、ずるいわよ。毎回出ないなんて…(まだ、始まって7月で3回目、そのうち、その時間に参加できなかったのは7月の1回だけだったのだが)」と苦情が出たのです。シャ宅の役員の方3名には納得してもらっていたことでした。その苦情を言った人は、その態度から何となくわかったので、祈りながら、その数名が集っているところへ直接、説明に行きました。毎週教会へ行っているため出られないので、今までのように、あらかじめ掃除していくということで納得してもらえないかということを伝えました。その時は、にこやかに「わかりました。でも他の人たちにも聞いてみないと…」という答えが返ってきました。回覧でそのことを皆にも回すように言われたので、何か変だな、と思いながらも、クリスチャンであることを伝えるよい機会だと思い、言われる通りに書いて回しました。すると思ってもみなかったことになったのでした。2、3日後、いつもならばうるちゃんは夕方まで帰宅しないところ、急に腹痛がして昼頃帰宅しました。すると、回覧ノートが戻ってきていて、ドアポストに入っていたのです。腹痛はすぐに治まりましたが、その回覧ノートを読むとうるちゃんに回覧ノートを回すように言った数名を説得するのはほとんど絶望に近いことがわかりました。それは、聖書でイエス様をおとしめようとした人たちが言った内容と同じように感じられたのです。はじめは好意的に9時からにしてもよい、と書いていた人たちが、ある1人の人の口切りから1日で180度意見をくつがえして書き直してきたのです。「うるちゃん一人があらかじめ掃除していくのも、開始時間を9時からにするのも、土曜日にするのもいけない。」、「個人でするのは意味がない。親睦が目的だから(前2回出た時は掃除しただけだったが)。」、「9時からでは、“早過ぎる”。土曜日は夫がいないので、子供をみてもらえない。」、「なんで、一家族のために十家族(直前に一家族が引っ越ししていった)が犠牲にならなければいけないのか。」、「他の用事ならともかく教会へ行くので出来ないというのは、どうしても納得いかない。見たいテレビがあるので出来ないというのと同じだ。」と苦情が出た数人の人からの言葉が書かれていたのです(下線以外はそのままの言葉です)。その日のうちにどうしたらよいか教会へ相談に行きました。

 教会で、祈ってもらい帰宅しました。回覧ノートはその夜、取りに来られ返事を求められたので、あの腹痛は主が家に帰るように仕向けてくださったようなタイミングでした(帰っていなかったとしたら、時間的にどのような内容であったかということが示せなくなっていた)。

 その夜、心に示されたみことばは、「それは、あなたがたがなまけずに、信仰と忍耐によって約束のものを相続するあの人たちに、ならう者となるためです。」(ゼカリヤ書9章8節)でした。「この試練は断食の失敗以来祈りに身が入らないうるに、主がくださった試練なのだ。ということは、耐えていれば必ず主が救い出してくださるはずだ。」とうるちゃんは思いました。幸いシャ宅の役員の方々はうるちゃんに好意的で、夏休み後まで結論を保留にして下さいました。夏休みに入るまでの数日間、その人たちは役員の方々に、「掃除の件はどうなったか。」と再三再四、尋ねていたということです。ある人(口を切った中心人物)は、シャ宅の自分の部屋の前に東京福音クルセードのポスターを貼れば、「自分がクリスチャンと間違われるから、現に間違われたから外すように言ってくれ。」と役員の方々に言っていたのでした(直接は、何も言わず、にこにこしているのだが)。

 へいわくんも救われ、洗礼も受け、喜びの中に入れられていた頃のことだったのですが、うるちゃんは、辛抱強くないのかわずか2週間で、このことに関してうんざりしてきたのです。そして、7月24日の礼拝を迎えたのでした。賛美にも身がはいらず、ぼーっとしていると、突然A牧師夫人の会衆預言の言葉が耳に飛び込んできたのです。それは、「わたしがわたしの元にあなたをあがないだした。だから、あなたは恐れずに、あなたの思うことをやりなさい。わたしはあなたと共にいます。」というような内容でした。預言の言葉一つ一つが心にしみてきました。その預言に励まされ、うるちゃんは元気づきました。幸いにもそれから数週間は聖会が続き、主を思い切り賛美する機会が備えられていました。

礼拝に行くという理由から、シャ宅の住人からバッシングを受けたうるちゃんはどうなるか???   つづく・・・

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【参考】CVSAブログ「預言について」

  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)



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Tuesday, June 09, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 3-3 夫の救いと洗礼

  【前回までの登場人物】 うるちゃん : 主人公
              へいわくん : 夫
              なごみちゃん: 長女
              サイエン君 : 長男
              はづきさん : 友人
              N師    : はづきさんを導いた女性

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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 前述(「小羊うるちゃん物語」part 1-1 序章)したようにへいわくんは生まれた時に昔からの流れのキリスト教での幼児洗礼を受けてはいたが、それは親の意志によるもので、当の本人はといえば、「イエス・キリスト? まあ、信じてはいるよ。ハッハッハッ。」というような状態でした。そのへいわくんが、本当の意味でイエス様にに立ち返るよう、救われてからのうるちゃんはいつも祈っていました。

 さて、イエス様を受け入れてから、一日でも早く洗礼を受けたいと思っていたうるちゃんは、1ヶ月たってもまだ受洗できないでいることに、不安を覚え始めていました。H教会へ行っていた時は、洗礼に向けて準備されていたのだが、A教会では意思確認だけで学びは始められていませんでした。「聖書には、イエス様を信じて受け入れたものは誰でも、すぐにでも受洗できると、書いてあるではないか。」と単純に信じていたので、何もなく1ヶ月過ぎていったことに不安を感じていました。そのうち、「へいわくんが子供と遊べる貴重な日曜日を毎回つぶしてまで(へいわくんは、会社人間と言っていいほどで、家には寝るためと日曜日ぐらいしかいなかった)子供たちを連れて、教会へ通い続けることもないか。まあ、もうちょっと力を抜いてってことかな?」と一瞬、思いました。「まあ、次の日曜日は、家族で過ごそうかな。」という考えが頭を横切ったのは、4月28日(木)のことでした。その考えが頭を横切ったまさに数分後、教会の友人のKさんから電話があり、「洗礼式が5月29日に決まったよ。」と言われたのでした。あまりのタイミングの良さに、主は何もかも御存知で、うっかりつぶやいてしまった言葉も本当に聞いていらっしゃるのだと、びっくりしました。神なるイエス・キリストは、本当に完璧な計画を持っておられ、全てにおいて最良の時期を持っていらっしゃるのだと知りました。へいわくんを教会へ導くのも、教会から離れてしまっている友人たちを導くのも、主の計画のもとに進められるのだ、と思いました。このことがあるまでは、「どうしたら、へいわくんは救われるのか。」と自分で何とかしようという気持ちもあり、いろいろ思案していた面があったことは否定できません。この出来事により、改めて主の完璧さを実感し、また自分の非力さをも痛感したのです。

 洗礼の日にちがまだ決まっていない時のこと、なかなか洗礼が受けられないことから、うるちゃんの中に、ある思いが浮かんできました。それは、「主は、へいわくんと一緒に洗礼を受けさせようとしていらっしゃるのではないか。」という思いでした。はっきりいって、その時のうるちゃんは、「自分が早く洗礼を受けられれば良いと思っていて、へいわくんのことはまたその後でなんとかなるだろう。」という気持ちでした。へいわくんはというと、うるちゃんの証しに耳を傾けはしても、「思い込みの激しい奴だな。そのうちあきてくるに違いない。」程度にしか、思っていないようで、洗礼はおろか、教会へ一歩も足を踏み入れる気はないように見えました。それでも、へいわくんと一緒に洗礼を受けるのではないかという思いが日増しに強くなってきて、当惑しました。それである日、A牧師に、「洗礼当日、へいわくんが洗礼を受けたいと、その場で言った場合、受けられるのですか?」と尋ねてみたのです。洗礼を受けているところを見て、感動でもしない限り、不可能なことのように思えたのでした。それほど、へいわくんは教会へ足を入れることを拒否していました。教会以外の他の場所での交わりや、集会は別として…。A牧師の答えは、当然のこととして、「その前に教会へ一度でも来てもらって話をしたい。」というものでした。それで、「一緒に洗礼を… というのは自分が気付いていないだけで、うるが勝手に作った思いなのかな?」と半ばあきらめ状態でした。

 そんな時(5月17日~19日)、日比谷公会堂でプレ東京福音クルセードが開催されました。はづきさんの勧めで、その初日に、へいわくん・子供達と共に会場へと足を運びました。4月に市民会館で行なわれたイースターの集いへも家族で行きましたが、そこでは子供達は騒ぐこともなく、静かにしていたので、今度も大丈夫だろうと思っていました。ところが、賛美が終わり、ピーター・ワグナー氏の話が始まるやいなや、下のサイエン君(3歳)が突然、騒ぎだしたのです。前から楽しみにしていただけに、これにはがっかりしました。お菓子を与えたり、ロビーへ連れて行って遊ばせたりして、その場を切り抜けたのですが、シンディ・ジェイコブス氏の話になってのことです。話の終わりぐらいになって今度は後ろに物を投げ始めたのでした。あまりないことでした。前の方の席だったので、回りに相当な迷惑をかけているような気がして、祈りの時間になるやいなや、席を立って帰ってきてしまいました。

 シンディ・ジェイコブス氏の祈りがすばらしかったとはづきさんに聞き、2日後、もう一度どうしても行きたくなりました。へいわくんに頼み込み、会社から少し早く帰ってきてもらって、子供達をみてもらって、行くことにしたのです。その日の昼頃のはづきさんからの電話で、初日の招きの時、シンディ・ジェイコブス氏が、「今日受け入れようと思った人で、まだ前に出て来ていない人がいます。男の人です…。…。…。帰られたようですね。」と言っていたということを聞いていました。時間的には、ちょうど私がへいわくんに話して一緒に帰った時間と一致していました。へいわくんが子供達をみるつもりで帰ってきた時、そのことを告げてみました。そして、子供達ははづきさんが預かってくれるので一緒に行く気はないかと尋ねてみたのです。初めは、「駅で会社の人に会ったらいやだ。(フレックスタイムを使い、正当に仕事を切り上げたのだが、普通だと就業時間中なので)」とか、「面倒だ。」とか言っていたへいわくん。こっそりと、「主イエス・キリストの御名によって、へいわくんを縛っている恐れよ。なくなれ!」と祈って、へいわくんの方を向いてみました。へいわくんの方を向いた途端、「まあ、たまには二人で出掛けてもいいかな。」と、ポツリと言ってくれたのでした。

 祈りの時間に間に合うようにと祈って、会場に着くと、手招きをしているまさにその時でした。へいわくんは考える間もなく、ポンとうるちゃんに押し出された勢いで前に出て行き、後は洗礼の決意に至るまでとんとん拍子に事は進んでいったのでした。驚いているのは妻であるうるちゃんでした。本当に主に砕かれたように、へいわくんの壁がなくなり、アッというまにへいわくんは救われたのです。後で聞くとシンディ・ジェイコブス氏は壇上でへいわくんの方を見て笑いかけていたように見えたとのことでした。さも、初日の方が来ましたね、とでも言うように…。(少なくとも、へいわくんはそう感じたようです。)
 あらかじめ、はづきさんが子供達を預かってくれると聞いていたならば、へいわくんは絶対に仕事を切り上げて帰ってこなかっただろうと思います。また、会場に入るのが数分早くても遅くても、へいわくんは、ゆっくりあれこれ考え、おそらく手招きには応じなかったことだと思います。主の絶妙な完璧とも言えるタイミングには、ただただ驚くばかりでした。
                                                         ※ 下線部を振り返ったコメント

 5月29日(日)、うるちゃんは、へいわくんと夫婦同じ時に洗礼を受けるという光栄に預かることができました。へいわくんにとっては、主を受け入れてから、わずか10日、教会へ行ってから一週間という早業でした。

Part1~3の終りに

 うるちゃんがここに書いたことには、何の脚色も付け足しもしてはいません。うるちゃんが感じ、体験したことです。これを読んでくださった方で、もし、「うるに起こったこれらのことは、単なる偶然ではないか。うるは少し気が変なのではないのか。」と思われた方が、中には、いらっしゃるかもしれない。でも、「もし私たちが気が狂っているとすれば、それはただ神のためであり、もし正気であるとすれば、それはただあなたがたのためです。(Ⅱコリント 5:13)」と、聖書には書いてあるのです。
 この証しを読んで、少しでもイエス様をわかっていただくことができたならば、幸いです。

       愛深き主に栄光がありますように。

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  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)



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Thursday, May 14, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 3-2 恐れからの解放

  【前回までの登場人物】 うるちゃん : 主人公
              へいわくん : 夫
              なごみちゃん: 長女
              サイエン君 : 長男
              はづきさん : 友人
              N師    : はづきさんを導いた女性

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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 前述(「小羊うるちゃん物語」part 2-1 聖霊のバプテスマ)したように、うるちゃんは人一倍他人の目が気になる方でした。うるちゃんには、それは信仰の妨げにしかならないと思われていたので、他人の目が気にならなくなるように、祈っていました。自分で改めようと思ってもなかなか、改められる類のものではありませんでした。A教会では始終外部のメッセンジャーが招かれていました。1994年のゴールデンウィークに行われた5月聖会の中、うるちゃんは、イギリスから招かれたポール・エプトン師による集会に出席しました。その日は、昼と夜の2回、集会が設けられていました。昼の集会で、礼拝の最後に癒しの招きがありました。「人を恐れなくなるように祈ってもらいたい。」という思いがわきましたが、結局、「恥ずかしくっていやだ。」という思いとの葛藤にうるちゃんは負けてしまい、出られませんでした。帰りの電車の中で、ひどく後悔してしまいました。なぜ、うるはそんなにも人の目ばかり気にするのかと。ふと、目を上げると、何人かの人が目に止まりました。

 目に止まったその人達は険しい顔つきをしていました。その人達を見ていると、「なぜ、人間にしかすぎない人達にどう思われるだろうかと気にしたり、恐れたりするのか。恐れる必要なんてないではないか。」と主がおっしゃっているような気持ちがしてきたのです。そして、「夜の集会でまた招きがあったならば、今度は祈ってもらおう。」と決心したのでした。夜の集会の終わりに、ポール師は、「恐れをなくしたい方、勇気を持ちたい方は、前の方へどうぞ。お祈りしましょう。」とおっしゃったのである。昼の集会とは異なる言葉に、まるで、うるの葛藤を知っているかのように感じられました。聖霊様が恐れを打ち破ってくださろうと働いてくださっているのだと思われました。

 この時から、過剰に恐れを意識した時には、共にいてくださるイエス様を思い、みことばを思い出し、平安にとどまるという道を歩み出しました。振り返ると、主の訓練の中、徐々にではありましたが確実に心が強められてきたことに気づき、思い出すとうるちゃんの心は感謝で満たされます。 イエス・キリストにいつまでも栄光がありますように!

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コメント「様々なメッセンジャーについて」

  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)



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Wednesday, May 13, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 3-1 心の癒し

  【前回までの登場人物】 うるちゃん : 主人公
              へいわくん : 夫
              なごみちゃん: 長女
              サイエン君 : 長男
              はづきさん : 友人
              N師    : はづきさんを導いた女性

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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 A教会に行ったうるちゃん、A牧師夫人から「イエスさまを信じた証は、個人的なものだから、文章に残しておけば、後で読み返すと、必ず力になるから、文章に書いておくとよいですよ」と教えられ、ちょっとした恵みも書き記すことにしたのです。作文も苦手で、読書感想文などは、父親に手伝ってもらっていたうるちゃんでしたが、証はすらすら記すことができ、書き記していくと、読み返したときに、当時がよみがえり力が湧いてくることに気づきました。そして、その記録があったため、この物語を記すことができたのです。

 A教会に通いだしたある時、隣人を本当に愛するには、隣人を許さないとできない、という言葉を聞き、心に引っ掛かっていました。うるちゃんには許せない人なんて、今のところいない、と思っていました。うるちゃんには、幼いころから母親に優しくされた、愛されたという記憶がなく、体罰や束縛など厳しかったこともあり、母親との仲がうまくいっていませんでした。それでも老いていくだろう両親を思い同居を決めて、田舎に家まで買い、一緒に暮らしたこともありましたが、半年で崩壊しました。お互いに向こうが悪いのだ、と思っているのでした。実の親なのだから、憎いわけでもなく、許しているつもりでいたのです。でも、近くに住んでいる時はともかく、東京に越してきてからというもの、電話一本かける時にも、どんな言葉が返ってくるか気合いを入れないとできない状態だったのです。

 その事に気づき、うるは本当には許してなんかいないのではないのか、と思いました。そういったことをあれこれと考えながら、ある日、はづきさんの家に行くために、子供達を連れて電車に乗りました。すると、降りる1つ前の駅から20代ぐらいの重い知的障害があると見られる男性が、乗ってきました。茶色い歯が4, 5本残っているだけで、失禁のためズボンの前を濡らし、かなりの悪臭を放っていました。発している言葉は1歳半ぐらいの赤ん坊のようでした。その人は電車に乗ってきた途端、大勢が乗車している中、何故かうるちゃんに話しかけてきて、手までにぎってきたのでした。イエス様に出会う前ならば、振り切ってそそくさと逃げていたと思います。うるちゃんは、主に愛を試されているような気がして、一瞬、イエス様のことを伝えたい、という思いがよぎったのですが、周囲の注目を浴びている中で、言えませんでした。

 そうこうしているうちに、「あなたは、この人をも愛せますか?」という思いが響いてきました。「愛そうとは思いますが、自信はありません。」と葛藤しているうちに降りる駅に着いてしまいました。もし一緒に降りてついてくるようだったならばトラクトだけでも渡し、癒し主イエス様のことを話してみようかとも思いましたが、降りてはこられませんでした。迷子札を付けている様子もなく、付き添いもなくあのまま乗って行けば、都心に着き、一体どうなるのか気にはなったのですが、どうしようもなく、愛ってなんだろうと思いながら、はづきさんの家に着きました。

Ataeruai  はづきさんに、「うるは本当には親のことを許していないのかもしれない。」と相談したところ、はづきさんは1冊の本を手渡してくれました。それは、伊藤重平著の「あたえる愛からゆるす愛へ」という本でした。さっそくその本を読んでみました。その本には、原因は違うのですが、うるちゃんと母親の状態を言い表しているような記述がありました。信仰の成長を求めていたうるちゃんは、読み始めてしばらくは、「なんだ、信仰の本ではなく、普通の本じゃないか。」と思ったのですが、読み進んでいくにつれ、奥深く眠っていた心の傷に、主にじかにふれられているような感覚を覚えたのです。幼い頃からの記憶が呼び起こされ、自分では気付かなかった奥深い原因に気付かされたのでした。それは「気付かされた」という表現が、ぴったりあてはまる感覚でした。うるちゃんは、愛情表現がへたな母親の母なりの愛情を感じ取ることができなかったのだと知りました。主の愛の深さに、一日以上涙が止まらず、何で泣いているのかわからないへいわくんがあっけにとられていたほどでした。その後も涙腺の弱い状態が数日続き、涙と共に奥深くあった心の傷がだんだんと癒されていく感覚がありました。

 あの電車にいた知的障害を持った人は、イエス様が人間の愛とその限界を教えるために遣わした人だったのかもしれないなあ…と思える程のタイミングの良さでした。イエス様が、「『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という戒めが最も大切である。」とおっしゃったこと、人に大切なのは愛なのだということが、身にしみてわかった体験でした。

 「あたえる愛からゆるす愛へ」の著者の伊藤重平氏は、クリスチャンのカウンセラーだと知り、感謝の電話をしてみたところ、一年位前に召されたと言われました。天に行った時に、感謝の言葉を伝えたいと思ったうるちゃんでした。

 この時から、少しずつではありましたが確実に、いろいろな事を通じて、主はうるちゃんの心を癒し強めてくださっています。イエス・キリストは不思議なカウンセラーだと教えられた最初の時でした。

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  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)



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