« March 2020 | Main | May 2020 »

Friday, April 03, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 1-3 救い

  【前回までの登場人物】 うるちゃん : 主人公
              へいわくん : 夫
              なごみちゃん: 長女
              サイエン君 : 長男
              はづきさん : 友人

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

--------------------

生きている神に出会ったように感じられたうるちゃん、教会へ行ってみようと思いました。へいわくんが幼児洗礼を受けていた流れの教会ならば、へいわくんも一緒に行ってもいいと言うので、まずその流れの教会に電話しました。電話に出た相手は投げやりで、うるちゃんが求めていた聖書の神の愛が感じられず、行く気持ちが起こらなくなってしまいました。そこではづきさんにずっと誘われていた週に1回開かれているA教会の婦人会へ行こうと思いました。そのはづきさんの行っている教会へ行こうと思った時のことです。4週続けて次のようなことがありました。

1週目は、行こうと思った日の天気予報は雪でした。なごみちゃんの幼稚園へのお迎えもあり気持ちは萎えてしまいやめました。

2週目はあれほど教会に誘っていたはづきさんが、急に北海道に用事で行ってしまい、行けませんでした。

3週目はだいぶん気持ちも固まり、絶対行こうと思ったら、今度はいつも健康なはづきさんが高熱で扁桃腺をはらして、北海道から帰ってこれず行けませんでした。

行けないとなると、人間、行ってみたくなるもので、うるちゃんは待ち遠しくなってきたのです。こういった状況下で4週目を迎えました。教会へ行くことになっていた前の日のこと、3週も続けて行けなかったので、また何か起こるかもと朝から何となく気にかかっていました(日本人なので・・・)。

Jiko 夕方になり、なごみちゃんの幼稚園の友人宅からの帰り道、なごみちゃんとサイエン君を連れ、まだ小さかったサイエン君の手を引き、家の近くの見通しの良い大きな交差点で、信号が青に変わり確認し渡り出した時、うるちゃんたちの前を歩いていたなごみちゃんが、右折車にはねられたのです。うるちゃんも確認してすぐ後ろを歩いていて、安全性を確認し、「渡っていいよ」と言って渡ったのですが、どこから車がやってきたのかと思える程、一瞬の出来事でした。なごみちゃんは、うるちゃんの目の前で約1m跳び後頭部を打ちました。思わず叫び、とりみだしそうになっているうるちゃんの心に、「これは教会へ行かせまいとする妨げであるから、祈りなさい」という言葉が響いてきたのです。「巻き込まれそうだった。」とか、「頭を強く打っているから動かさずに。」という周囲の声の中、なごみちゃんを抱き、家の電話番号もわからなくなるほどパニックになっていたうるちゃんは信仰告白をしたイエス様に一生懸命祈りました。救急車を待っている間中祈り続けていると、不思議に落ち着いてきて、大丈夫だ、心配ない、という思いに満たされてきました。救急車が来て病院へ運ばれ、CTスキャンなどで検査したところ、たんこぶと2mm位の傷とショックによる発熱があっただけで特に問題はありませんでした。加害者も信じられない程誠意がある良い人で、平謝りに土下座されました。

こういう事故があった次の日だから、なごみちゃんを置いてどこかへ行くことはできないと思い、当然、明日教会へいくのはよそう、と思いましたが、度が増していく様子に、ここで行かなかったら今度は何が起こるかわからない、この妨げこそが、聖書が真実であるという証拠ではないか、一番の弱点である子供を攻撃してくるなんて許せない、という思いが強くなり、仕事虫の夫のへいわくんも休暇を取ると言ってくれたこともあり、結局、夫であるへいわくんに子供をみてもらって、押し出されるように、うるちゃんは教会に行きました。

1994年2月10日(木)、婦人会があったその日、うるちゃんは人前では初めてイエス様を主と告白しました。これまでの間、教会やはづきさんのとりなしの祈りがあったと後で聞きました。特に、はづきさんは、うるちゃんが転勤前に郷里にいた頃、信仰を分かち合える友を与えてくださるように祈っていて、このような方法で、未信者の中から起こしてくださるとは思わなかったと言って喜んでくれました。
  ※ 下線部を振り返ったコメント

このときから、うるちゃんには、困難なことがあっても、主イエスさまと共に解決していくという道が開かれました。あれから、ずいぶん経ちますが、信仰生活を送っていて、聖書に偽りがないことが明らかになっていっています。これまで、いろいろな試練を通りましたが、試練の度に思い出すのは、なごみちゃんの交通事故という人間にはどうしようもない時の神との出会いです。あの交通事故の時、うるちゃんは、初めて主であるイエス様を呼び求めました。そして、目の前に差し出された二つの道―恐れて引き下がる道と信仰を振り絞って主にすがる道―から一方を進んで、主のみもとにきました。

「苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出そう。あなたはわたしをあがめよう。」(詩篇 50:15)

主は、うるちゃんの心の汚れもすべてご存知で、それでもそのままを愛して救ってくださいました。そのことを知ったときに、厳しかった母への複雑な思いも消えていきました。

主イエスと出会ったことは、うるちゃんにとって、何があってもくつがえすことのできない最大の出来事となっています。

--------------------

  【うるちゃんと教会】
  ★ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」
  ★ はづきさん所属のA教会



| | Comments (0)

Thursday, April 02, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 1-2 救いへの備え

  【前回までの登場人物】 うるちゃん : 主人公
              へいわくん : 夫
              なごみちゃん: 長女

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

--------------------
なごみちゃんが生まれた頃、東京に最後に残っていた仲の良かった同郷の友人も郷里に帰ってしまい、心に寂しさを覚えていたうるちゃんは、なごみちゃんを連れてよく公園や散歩に出かけていました。公園でなごみちゃんを遊ばせているうちに、何人かの友人ができました。その中で、特に気が合い、仲良くなったのがはづきさんでした。

仲良くなって数か月後、うるちゃん家族は郷里に転勤になり、東京を離れることになりました。東京を離れても、はづきさんとの交流は続きました。うるちゃんは、親切で人がよいはづきさんが大好きでした。3年ほどして、再び転勤になり、うるちゃん家族は東京に戻りました。郷里で、長男のサイエン君が生まれていました。

はづきさんは、うるちゃんが転勤で3年ほど、東京を離れている間に、クリスチャンになっていました。しばらく会わずに再会したはづきさんは、うるちゃんに会うたびにイエス様のすばらしさを伝えてきて、トラクトとか、文庫本の新約聖書とか、キリスト教系の本をせっせと勧めて置いていきました。うるちゃんには、「変な宗教に凝りだして、本人が信じるのは勝手だが、人にまで勧めないで…。自分は今のままで充分に幸福なのだから…」という思いもどこかにありました。しかし、もともと本を読むのが大好きだったうるちゃん、読むくらいならと、抵抗もなく、勧められるままに本を読んでいきました。聖書を読んだとき、「『うるの神』と呼んでいつも感じていた神はイエス・キリストだったのだ。」と思えたのです。

うるちゃんの初めの記憶は、歩行器の中で、「うるはどこから来て、どこに行くのだろう? うるは何なのだろう? こうして、動いたり思ったりすることって不思議なことだな?」と、静物が動かないことや、動物が人間のように考えていないことが不思議でたまらないと感じている記憶でした。親に聞いたこともありましたが、幼児向けのファンタジー絵本を見せられ、その後は考えもしなくなっていました。その不思議への疑問の答えが、聖書に書かれていました。

それでも、「一度教会へ来て。」と半ば強引なほどのはづきさんの誘いになかなかのれずにいました。それは、幼いころからいろいろ熱心に宗教をしている周囲の人を見てきて、自分はそのような一つの宗教にのめりこむようなことはしたくないと思っていたことや、「キリスト教も、いろいろと氾濫している他の宗教と同じようなものだろう。」としか思っていなかったこと、キリスト教から多くの異端宗教も出ていることとからでした。

しかし、読んだ本などに惹かれたので、まず、うるちゃんは、トラクトに書いてあったように、思い当たる罪を言い表し、「イエス・キリストをうるの救い主として心に受け入れます。」と告白しました。1人でいる時にこっそりとです。「あ~、ばかばかしい。自分は何をしているのだろう。」という思いもありましたが、とにかく損もないだろうと言ってみました。

その頃のうるちゃんは、住んでいた社宅の人たちの不可解な態度に、悩みを覚えていました。転勤から戻って住んでいたその地区は、古くからのしきたりがあって、数年前に入居した社宅の人たちは、なじめずに不満を抱えていて、周囲に対しても冷たくなっていたのですが、越してきたばかりのうるちゃんには、困惑するばかりでした。

そんなある日、はづきさんが勧めてくれたマーリン・キャロザース師の「讃美の力」という本を読みました。その本には、「すべての事について感謝しなさい。」という聖書からの言葉と、それを実行したときに起こったことが書かれていました。日頃つぶやきが口をついて出てきてしまう うるちゃんにはぴったりだと思いました。うるちゃんは、まずそれを実行してみることにしました。本に書かれていた人たちのように、神に出会いたいと思ったのです。そこで、良いことはもちろん、思い通りにならないことも、努めて笑顔で「感謝します。」と声に出すことにしてみました。例えば、2人の子供を自転車に乗せ、いつもの道を通ると、工事中になっていました。とても遠回りしなければならなくなり、「あ~、なんで工事中なのよ。子供連れで急いでいるのに、ついていない。」とつぶやきそうなところを、あえて、「神さま、感謝します。遠回りすることが必要なのですね。」と口に出して言ってみました。「感謝します。」と言うことを繰り返していると、しばらくすると心が平安でうれしくなっていることに気付きました。

また、ある時、社宅の人の態度に当惑してはづきさんに相談したところ、「苦手だ、と思う人を祝福してみたら? それに値する人ならば、驚く程変わるし値しない人ならば、その祝福は自分に返ってくるから」聖書に書いてあると言われたので、わらにもすがる思いでその言葉を実行してみました。「○○さんを祝福してください。」と祈った翌日、出会うとにらみつけるようにすれちがっていたその人が、笑顔で挨拶して行ったのでした。その間に接触はなかったし、こちらの態度を変えたつもりもないにもかかわらずにのことだったので、驚きました。

この後も、はづきさんの勧めによって、聖書の言葉からの祈りをしてみると、タイミングよくきかれるということが何度かありました。生きている神に出会ったように感じられ、毎日がうれしく感じられました。

 

罪を悔い改め、一人でこっそりと信仰の告白をしたうるちゃんを待ち受けていたのは・・・?   つづく・・・

--------------------

【参考】CVSAブログ「体験からの信仰」

 

| | Comments (0)

« March 2020 | Main | May 2020 »