Thursday, May 14, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 3-2 恐れからの解放

  【前回までの登場人物】 うるちゃん : 主人公
              へいわくん : 夫
              なごみちゃん: 長女
              サイエン君 : 長男
              はづきさん : 友人
              N師    : はづきさんを導いた女性

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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 前述(「小羊うるちゃん物語」part 2-1 聖霊のバプテスマ)したように、うるちゃんは人一倍他人の目が気になる方でした。うるちゃんには、それは信仰の妨げにしかならないと思われていたので、他人の目が気にならなくなるように、祈っていました。自分で改めようと思ってもなかなか、改められる類のものではありませんでした。A教会では始終外部のメッセンジャーが招かれていました。1994年のゴルデンウィークに行われた5月聖会の中、うるちゃんは、イギリスから招かれたポール・エプトン師による集会に出席しました。その日は、昼と夜の2回、集会が設けられていました。昼の集会で、礼拝の最後に癒しの招きがありました。「人を恐れなくなるように祈ってもらいたい。」という思いがわきましたが、結局、「恥ずかしくっていやだ。」という思いとの葛藤にうるちゃんは負けてしまい、出られませんでした。帰りの電車の中で、ひどく後悔してしまいました。なぜ、うるはそんなにも人の目ばかり気にするのかと。ふと、目を上げると、何人かの人が目に止まりました。

 目に止まったその人達は険しい顔つきをしていました。その人達を見ていると、「なぜ、人間にしかすぎない人達にどう思われるだろうかと気にしたり、恐れたりするのか。恐れる必要なんてないではないか。」と主がおっしゃっているような気持ちがしてきたのです。そして、「夜の集会でまた招きがあったならば、今度は祈ってもらおう。」と決心したのでした。夜の集会の終わりに、ポール師は、「恐れをなくしたい方、勇気を持ちたい方は、前の方へどうぞ。お祈りしましょう。」とおっしゃったのである。昼の集会とは異なる言葉に、まるで、うるの葛藤を知っているかのように感じられました。聖霊様が恐れを打ち破ってくださろうと働いてくださっているのだと思われました。

 この時から、過剰に恐れを意識した時には、共にいてくださるイエス様を思い、みことばを思い出し、平安にとどまるという道を歩み出しました。振り返ると、主の訓練の中、徐々にではありましたが確実に心が強められてきたことに気づき、思い出すとうるちゃんの心は感謝で満たされます。 イエス・キリストにいつまでも栄光がありますように!

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【参考】コメント「様々なメッセンジャーについて」

  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)



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Wednesday, May 13, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 3-1 心の癒し

  【前回までの登場人物】 うるちゃん : 主人公
              へいわくん : 夫
              なごみちゃん: 長女
              サイエン君 : 長男
              はづきさん : 友人
              N師    : はづきさんを導いた女性

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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 A教会に通いだしたある時、隣人を本当に愛するには、隣人を許さないとできない、という言葉を聞き、心に引っ掛かっていました。うるちゃんには許せない人なんて、今のところいない、と思っていました。うるちゃんには、幼いころから母親に優しくされた、愛されたという記憶がなく、体罰や束縛など厳しかったこともあり、母親との仲がうまくいっていませんでした。それでも老いていくだろう両親を思い同居を決めて、田舎に家まで買い、一緒に暮らしたこともありましたが、半年で崩壊しました。お互いに向こうが悪いのだ、と思っているのでした。実の親なのだから、憎いわけでもなく、許しているつもりでいたのです。でも、近くに住んでいる時はともかく、東京に越してきてからというもの、電話一本かける時にも、どんな言葉が返ってくるか気合いを入れないとできない状態だったのです。

 その事に気づき、うるは本当には許してなんかいないのではないのか、と思いました。そういったことをあれこれと考えながら、ある日、はづきさんの家に行くために、子供達を連れて電車に乗りました。すると、降りる1つ前の駅から20代ぐらいの重い知的障害があると見られる男性が、乗ってきました。茶色い歯が4, 5本残っているだけで、失禁のためズボンの前を濡らし、かなりの悪臭を放っていました。発している言葉は1歳半ぐらいの赤ん坊のようでした。その人は電車に乗ってきた途端、大勢が乗車している中、何故かうるちゃんに話しかけてきて、手までにぎってきたのでした。イエス様に出会う前ならば、振り切ってそそくさと逃げていたと思います。うるちゃんは、主に愛を試されているような気がして、一瞬、イエス様のことを伝えたい、という思いがよぎったのですが、周囲の注目を浴びている中で、言えませんでした。

 そうこうしているうちに、「あなたは、この人をも愛せますか?」という思いが響いてきました。「愛そうとは思いますが、自信はありません。」と葛藤しているうちに降りる駅に着いてしまいました。もし一緒に降りてついてくるようだったならばトラクトだけでも渡し、癒し主イエス様のことを話してみようかとも思いましたが、降りてはこられませんでした。迷子札を付けている様子もなく、付き添いもなくあのまま乗って行けば、都心に着き、一体どうなるのか気にはなったのですが、どうしようもなく、愛ってなんだろうと思いながら、はづきさんの家に着きました。

Ataeruai  はづきさんに、「うるは本当には親のことを許していないのかもしれない。」と相談したところ、はづきさんは1冊の本を手渡してくれました。それは、伊藤重平著の「あたえる愛からゆるす愛へ」という本でした。さっそくその本を読んでみました。その本には、原因は違うのですが、うるちゃんと母親の状態を言い表しているような記述がありました。信仰の成長を求めていたうるちゃんは、読み始めてしばらくは、「なんだ、信仰の本ではなく、普通の本じゃないか。」と思ったのですが、読み進んでいくにつれ、奥深く眠っていた心の傷に、主にじかにふれられているような感覚を覚えたのです。幼い頃からの記憶が呼び起こされ、自分では気付かなかった奥深い原因に気付かされたのでした。それは「気付かされた」という表現が、ぴったりあてはまる感覚でした。うるちゃんは、愛情表現がへたな母親の母なりの愛情を感じ取ることができなかったのだと知りました。主の愛の深さに、一日以上涙が止まらず、何で泣いているのかわからないへいわくんがあっけにとられていたほどでした。その後も涙腺の弱い状態が数日続き、涙と共に奥深くあった心の傷がだんだんと癒されていく感覚がありました。

 あの電車にいた知的障害を持った人は、イエス様が人間の愛とその限界を教えるために遣わした人だったのかもしれないなあ…と思える程のタイミングの良さでした。イエス様が、「『あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。』という戒めが最も大切である。」とおっしゃったこと、人に大切なのは愛なのだということが、身にしみてわかった体験でした。

 「あたえる愛からゆるす愛へ」の著者の伊藤重平氏は、クリスチャンのカウンセラーだと知り、感謝の電話をしてみたところ、一年位前に召されたと言われました。天に行った時に、感謝の言葉を伝えたいと思ったうるちゃんでした。

 この時から、少しずつではありましたが確実に、いろいろな事を通じて、主はうるちゃんの心を癒し強めてくださっています。イエス・キリストは不思議なカウンセラーだと教えられた最初の時でした。

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  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)



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Tuesday, May 12, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 2-3 教会選び

  【前回までの登場人物】 うるちゃん : 主人公
              へいわくん : 夫
              なごみちゃん: 長女
              サイエン君 : 長男
              はづきさん : 友人
              N師    : はづきさんを導いた女性

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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 次の日は、いつもの通り、早天・日曜学校・礼拝へ行きました。うるちゃんは、祈りでみこころが伝わってきた昨夜の経験がうれしかったので、H教会のH牧師に、「日本語で異言が出てくることがありますか?」と尋ねてみました。返ってきた答えは「日本語で出るわけがない。」という一言でした。

 礼拝後の午後は、婦人会での伝道の日ということで、近所の家庭へのトラクト配付がありました。2人組になって近所を1件1件訪ね、ドアを開けてくださった方がいたなら、その人にトラクトを渡し、「あなたの罪のためにイエス・キリストは十字架にかかって死んでくださったのです」と言いなさいと言われていて、うるちゃんにはあらかじめ一緒にまわると決められていた人がいました。が、この日は、なぜかH牧師夫人と一緒に行くことになりました。

 うるちゃんはH牧師夫人と一緒に歩きながら話をしていて、もやもやと感じていた思いが事実であることを知ってしまいました。「あまり、傲慢にならないように。(H牧師夫人に何がそう映ったのかは不明でした)」、「田舎から急に車の多い所に来て、交通事故にあうのは不思議なことではないのだから、あまり変な風にとらないように。」、「花粉症が癒されたり、病気が治ったりするのは、世の中にも普通にあることなのだから、あまり騒がないように」と、注意を受けたのです。うるちゃんは、なぜこの教会へ来ているのかをわかってもらおうと、信仰告白(「小羊うるちゃん物語」part1の内容)を2,3日前に渡していただけでした。H牧師夫妻からは何の反応もなかったので読んでもらったのかもわからずにいたものでした。うるちゃんは、主が与えてくださった証しゆえの高慢に陥らないように、自分の心にできる限りの注意を払っていたつもりでいました。それが、理解して欲しかった信仰の先輩たちから、救いの原因となった交通事故までも否定され、もともと、人前で自分の意見を言うのが苦手だったうるちゃんは、証しをするのもいやになってきたのでした。そういった気持ちから解放されたのは、A教会での交わりでした。A牧師夫人の人柄を思い返し、主が導いてくださった教会は、A教会だったのだと痛感したのです。

 H教会につまずきを覚えた次の日、はづきさんから北海道のN師の伝言を告げられたのです。「占いによるものを感じる。何か占いに凝ってはいなかったか。」と。
うるちゃんは、占い等に凝ったことはなかったのですが、そう言われたなら、クリスチャンではない日本人の女性なら、だれでも多少思い当たる(星占いなど)ものに関わったことがあったことを思い出しました。占いとは意識してはいなかったのだが、自分では決められないようなささいな問題の時、こうなったらこっちへ、こうならなかったらそっちへ、ということもしていました。すぐに悔い改めて、祈り、聖書を開きました。目に飛び込んできたところは、ローマ1章10節・12節だった。「いつも祈りのたびごとに、神のみこころによって、何とかして、今度はついに道が開かれて、あなたがたのところに行けるようにと願っています。」、「というよりも、あなたがたの間にいて、あなたがたと私との互いの信仰によって、ともに励ましを受けたいのです。」このみことばが心に飛び込んできたのです。教会は励まし合って、信仰を高めていく所であるという確信が与えられた瞬間でした。ここでの経験が占いの罪によるものであったかどうかはともかく、必要な訓練のための学びであったことは確かだとうるちゃんは捉えました。

 こうしてうるちゃんはA教会へ行くことにしました。H教会へは直接、お世話になった挨拶をしたのですが、そのタイミングも備えられていたように、すべてが順調に(互いにわだかまりを残さずに)問題なく進んで行ったのです。

 次の日曜日は、すっきりした気持ちで、A教会へ行くことができました。その日はA教会のA牧師がアルゼンチンから戻って始めての礼拝でした。うるちゃんがH教会へ行っていた3週間は、ちょうどA牧師がアルゼンチンへ行っていた間の出来事だったことを知り、神の御手を感じました。H教会を訪ねる前までは、「A教会まで通うのは遠いなあ…」と、気が進まなかったので、良い学びをしたと思いました。教会はどこにでも行けばいいというものではなく、主が導いてくださるのだと、この時、うるちゃんは思ったのです。

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【参考】CVSAブログ「伝道について」

  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)



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Monday, May 11, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 2-2 教会に通い始める

  【前回までの登場人物】 うるちゃん : 主人公
              へいわくん : 夫
              なごみちゃん: 長女
              サイエン君 : 長男
              はづきさん : 友人

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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 聖霊のバプテスマを受け、聖書に書かれていることが真実であり、キリストがいつもともにいてくださる神であることを体験したうるちゃんは、近所のH教会に、早天祈祷や、祈祷会、子供の日曜学校、家庭集会など喜びの中、毎日のように通いました。洗礼の勉強会も始まり、受洗を心待ちにしていました。少し気になること(教会に置いてある書籍以外は、あまり読んではいけないと言われたことやトールペイントで作った子供をかたどった木製の花台を偶像だから置けないと言われたことなど)もありましたが、主の宮である教会へ、毎日のように行ける喜びの前に、そういった問題はささいなことのように思われました。
                                                         ※ 下線部を振り返ったコメント

 1994年3月19日(土)、夜11時頃、うるちゃんは日課となっていた、祈りの時間を持っていました。久しぶりに「主よ。うるが過去犯したであろう罪、または犯している罪で悔い改めていない罪がありましたら、お示しください。」と祈りました。すると、言い終わるや否や、電話がなりました(繰り返し言いますが、夜11時頃です)。「え~っ?何だろう。何かの罪が示されるのだろうか。」と、うるちゃんが期待と不安で受話器を取ると、北海道のN師(はづきさんを導いた女性で、この時は伝道師であったが、数年後に牧師になった)からだった。教会内のことでいろいろと悩んでいたうるちゃんは、2,3日前にはづきさんに勧められ、N師に信仰告白(「小羊うるちゃん物語」part1の内容)を読んでもらい、相談にのってもらっていたのでした。N師からの電話の内容は、「初めにA教会へ導かれたのだから、状況が変わるまでそこにとどまるべきだった。」というものでした。そう言われたうるちゃんは「教会が遠いということで、教会を選んだことは、導かれた神を疑うことになり、その罪が示されたのだろうか。」と思い、N師に言われるままに、悔い改めました。しかし、以前、聖霊のバプテスマを受けた時、神よりも、人のことばの方を信じ、罪を示された経験があるため、保留にすることにしました。主のみこころを、知りたかったのです。

 N師からの電話の後、H教会に通うことに平安が得られなくなり、明日の日曜礼拝はどこへ行くべきかをうるちゃんは祈りで求めようとしました。必死でした。N師からの言葉でうるちゃんの気持ちはA教会へ向いていたのですが、教会選びは信仰生活を左右する重大なことだと思い、自分で決断できなかったのです。その時の祈りは次のようなものでした。「主よ、疑っていたうるをお許し下さい。………。………。」いつもならば、す~っと出てくる異言による祈りがこの日に限っていつまでたっても出てこなかったのです。それで、「主よ、うるにはどうすれば良いのかわかりません。もし、早天祈祷だけ、H教会に出て、事情を話し、礼拝はA教会へ行ったら良いのでしたら、今すぐ教えてください。」と祈ってみたのです。真剣にまじめな気持ちからでした。異言の祈りは出てきませんでした。そこで次は、「H教会へ行ったら良いのでしょうか。」と祈ってみました。すると突然、隣の部屋にいたへいわくんが大きなくしゃみをしたので、そのくしゃみに気がそれて、祈りに集中できなくなり、やはり異言の祈りは出てきませんでした。同じようにA教会についても祈ってみましたが、異言の祈りは出てきませんでした。明日はどうしたらよいのか途方にくれ、「どこへも行かずに状況を待てば良いのでしょうか。」と祈ってみました。でも異言の祈りは出てきませんでした。へいわくんがしたくしゃみで祈りに集中できなかったことが気になって、答えを聞きたい一心で祈り続けました。しばらくの間、「主よ…、うるに示してください。」と祈っていると、突然異言の祈りが出てきたのです。それでも答えが何なのか、結局わからないので、異言の祈りの中、「何がみこころなのか、うるにはわかりません。どうかうるにわかるように示してください。」と心の中で祈ると、それまで、言葉にならなかった異言が、「○○○、○○○…(○○○はH教会の名)」と変化してきたのです。それは、ろれつがまわらないようなもつれた言葉だったのですが、どう聞いてもそう聞こえるのです。不思議な体験でした。心はA教会へ向いていたので、自分で、「△△、△△…(△△はA教会の名)」と言い替えてみようとしましたが、それでも変わらないのでした。「主よ、明日はH教会へ行けばよろしいのですね。」と心で聞くと異言は止まり、後には平安が残ったのでした。

 これで、北海道のN牧師の助言のように、A教会が本当に行くべき所だったならば、洗礼を受ける前までに、そのように導いてくださるだろうと思い、そう祈って眠りにつきました。    つづく…

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  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)





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Monday, May 04, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 2-1 聖霊のバプテスマ

  【前回までの登場人物】 うるちゃん : 主人公
              へいわくん : 夫
              なごみちゃん: 長女
              サイエン君 : 長男
              はづきさん : 友人

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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なごみちゃんの交通事故の時の祈りを通じて主イエスに出会い、教会に行こうと思ったうるちゃん、越してきた時から、歩いて1、2分くらいのところにあるH教会が気になっていました。
「その教会が属している教団から、異端的な教会ではないらしい。」ということと、「A教会は通うのには遠い」ということから、H教会への関心が日増しに強くなってくるので、どちらの教会へ通うのがみこころなのか、うるちゃんは迷いました。
イエス様を教会で受け入れてから、約一ヶ月後のことでした。
数日間迷っていると、あるみことばが浮かんできたのです。
それはⅠコリント1章12,13節の「あなたがたはめいめいに、『私はパウロにつく。』『私はアポロに。』『私はケパに。』『私はキリストにつく。』と言っているということです。キリストが分割されたのですか。あなたがたのために十字架につけられたのはパウロでしょうか。」というみことばでした。
うるちゃんには、「あなたは人や教会につくのではなくイエス・キリストにつくのである。」とイエス様に言われたように思えたのです。
そこで通いやすいH教会へ行くことにしました。

うるちゃんは、新約聖書を読んだときに、イエスの十字架の場面の次に、「異言」や「聖霊のバプテスマ」をきっかけに、弟子たちが強められていった場面が、とても印象に残っていました。
人一倍他人の目が気になっていたうるちゃんは、自分も弟子たちのように人を恐れなくなり、強い信仰を持ちたいと思いました。
そこで、日課となっていた祈りの中で、聖書に書かれていた弟子を力づけた聖霊のバプテスマというものを求めることにしたのです。
誰に聞いたわけでもなく、聖書を読んで、自然の祈りの中での渇きから出た求めでした。
すると、数日後、不思議な夢を見ました。眠っているのに、唇が動き震えるリアルな夢でした。
初めての不思議な体験で、心が包まれているかのような暖かさがありました。
A教会の婦人会に行った日から11日後の2月21日のことでした。
うるちゃんには、これが聖霊様によるものだったような気がしてなりませんでした。
それで、実際に聖霊のバプテスマを受けているという人たちに聞いてみることにしました。
どんな感じなのか、うるも受けたいのだがと。
すると、「イエス様に直に接していた弟子ですら、三年もかかった。ある姉妹は求めて十年かかって、やっともらえた。洗礼も受けていないのに… まだ早いわよ。」「聖霊はそんなに簡単に授からない。」「私にはわからない。」と、周囲の意見は、さまざまでした。
その結果、うるちゃんは、こんなに早くもらえるはずがないという結果に落ち着くことにしました。「聖霊はまだ授かっていない。」と断定してしまい、再び神に祈り求め始めました。
                                                         ※ 下線部を振り返ったコメント

否定して祈り求め始めた直後から、祈っていても平安がなく、花粉症の症状がひどくなり、体調もすぐれなくなってきました。
3日間そのような状態が続きました。
それで、聖書に書かれていたイエス様について、よく考えてみました。
そして、祈り求めた結果、受け、語りかけてくださったのに、語られたことよりも人の言葉を信じ、疑いを持った誤りに気づき、神に罪を悔い改めました。
A教会の婦人会に行った日から1か月と4日後の3月14日のことでした。
悔い改めた瞬間に、平安とともに、くしゃみ・かゆみがす~っとひいていきました。
その夜の祈りの時、異言が出てきたのです。
寒くもないのに全身が震え、日頃巻き舌もできなかったうるちゃんが、舌の動くのに任せて数分間巻き舌交じりの言葉を語っていました。
しばらく細かな震えが続くので、どうやって止めたら良いのかわからず、はづきさんに電話したほどで、はづきさんは「止まるまで祈っていたら?」と助言してくれたのです。
それほど、何も知らない頃でした。

 聖霊のバプテスマを受けたことにより、イエス様が生ける神であることはうるちゃんにとって疑いのない真実となりました。
また、クリスチャン生活を送って行くにつれて、聖書に偽りがないことが確かになっていったのです。
あのなごみちゃんの交通事故以来、うるちゃんの心はイエス様に占められました。
そして主がうるちゃんにしてくださった、すばらしいことを証ししていこうと決意したのでした。

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  【うるちゃんと教会】
  ★ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)


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Friday, April 03, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 1-3 救い

  【前回までの登場人物】 うるちゃん : 主人公
              へいわくん : 夫
              なごみちゃん: 長女
              サイエン君 : 長男
              はづきさん : 友人

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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生きている神に出会ったように感じられたうるちゃん、教会へ行ってみようと思いました。へいわくんが幼児洗礼を受けていた流れの教会ならば、へいわくんも一緒に行ってもいいと言うので、まずその流れの教会に電話しました。電話に出た相手は投げやりで、うるちゃんが求めていた聖書の神の愛が感じられず、行く気持ちが起こらなくなってしまいました。そこではづきさんにずっと誘われていた週に1回開かれているA教会の婦人会へ行こうと思いました。そのはづきさんの行っている教会へ行こうと思った時のことです。4週続けて次のようなことがありました。

1週目は、行こうと思った日の天気予報は雪でした。なごみちゃんの幼稚園へのお迎えもあり気持ちは萎えてしまいやめました。

2週目はあれほど教会に誘っていたはづきさんが、急に北海道に用事で行ってしまい、行けませんでした。

3週目はだいぶん気持ちも固まり、絶対行こうと思ったら、今度はいつも健康なはづきさんが高熱で扁桃腺をはらして、北海道から帰ってこれず行けませんでした。

行けないとなると、人間、行ってみたくなるもので、うるちゃんは待ち遠しくなってきたのです。こういった状況下で4週目を迎えました。教会へ行くことになっていた前の日のこと、3週も続けて行けなかったので、また何か起こるかもと朝から何となく気にかかっていました(日本人なので・・・)。

Jiko 夕方になり、なごみちゃんの幼稚園の友人宅からの帰り道、なごみちゃんとサイエン君を連れ、まだ小さかったサイエン君の手を引き、家の近くの見通しの良い大きな交差点で、信号が青に変わり確認し渡り出した時、うるちゃんたちの前を歩いていたなごみちゃんが、右折車にはねられたのです。うるちゃんも確認してすぐ後ろを歩いていて、安全性を確認し、「渡っていいよ」と言って渡ったのですが、どこから車がやってきたのかと思える程、一瞬の出来事でした。なごみちゃんは、うるちゃんの目の前で約1m跳び後頭部を打ちました。思わず叫び、とりみだしそうになっているうるちゃんの心に、「これは教会へ行かせまいとする妨げであるから、祈りなさい」という言葉が響いてきたのです。「巻き込まれそうだった。」とか、「頭を強く打っているから動かさずに。」という周囲の声の中、なごみちゃんを抱き、家の電話番号もわからなくなるほどパニックになっていたうるちゃんは信仰告白をしたイエス様に一生懸命祈りました。救急車を待っている間中祈り続けていると、不思議に落ち着いてきて、大丈夫だ、心配ない、という思いに満たされてきました。救急車が来て病院へ運ばれ、CTスキャンなどで検査したところ、たんこぶと2mm位の傷とショックによる発熱があっただけで特に問題はありませんでした。加害者も信じられない程誠意がある良い人で、平謝りに土下座されました。

こういう事故があった次の日だから、なごみちゃんを置いてどこかへ行くことはできないと思い、当然、明日教会へいくのはよそう、と思いましたが、度が増していく様子に、ここで行かなかったら今度は何が起こるかわからない、この妨げこそが、聖書が真実であるという証拠ではないか、一番の弱点である子供を攻撃してくるなんて許せない、という思いが強くなり、仕事虫の夫のへいわくんも休暇を取ると言ってくれたこともあり、結局、夫であるへいわくんに子供をみてもらって、押し出されるように、うるちゃんは教会に行きました。

1994年2月10日(木)、婦人会があったその日、うるちゃんは人前では初めてイエス様を主と告白しました。これまでの間、教会やはづきさんのとりなしの祈りがあったと後で聞きました。特に、はづきさんは、うるちゃんが転勤前に郷里にいた頃、信仰を分かち合える友を与えてくださるように祈っていて、このような方法で、未信者の中から起こしてくださるとは思わなかったと言って喜んでくれました。
  ※ 下線部を振り返ったコメント

このときから、うるちゃんには、困難なことがあっても、主イエスさまと共に解決していくという道が開かれました。あれから、ずいぶん経ちますが、信仰生活を送っていて、聖書に偽りがないことが明らかになっていっています。これまで、いろいろな試練を通りましたが、試練の度に思い出すのは、なごみちゃんの交通事故という人間にはどうしようもない時の神との出会いです。あの交通事故の時、うるちゃんは、初めて主であるイエス様を呼び求めました。そして、目の前に差し出された二つの道―恐れて引き下がる道と信仰を振り絞って主にすがる道―から一方を進んで、主のみもとにきました。

「苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出そう。あなたはわたしをあがめよう。」(詩篇 50:15)

主は、うるちゃんの心の汚れもすべてご存知で、それでもそのままを愛して救ってくださいました。そのことを知ったときに、厳しかった母への複雑な思いも消えていきました。

主イエスと出会ったことは、うるちゃんにとって、何があってもくつがえすことのできない最大の出来事となっています。

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  【うるちゃんと教会】
  ★ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」
  ★ はづきさん所属のA教会



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Thursday, April 02, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 1-2 救いへの備え

  【前回までの登場人物】 うるちゃん : 主人公
              へいわくん : 夫
              なごみちゃん: 長女

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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なごみちゃんが生まれた頃、東京に最後に残っていた仲の良かった同郷の友人も郷里に帰ってしまい、心に寂しさを覚えていたうるちゃんは、なごみちゃんを連れてよく公園や散歩に出かけていました。公園でなごみちゃんを遊ばせているうちに、何人かの友人ができました。その中で、特に気が合い、仲良くなったのがはづきさんでした。

仲良くなって数か月後、うるちゃん家族は郷里に転勤になり、東京を離れることになりました。東京を離れても、はづきさんとの交流は続きました。うるちゃんは、親切で人がよいはづきさんが大好きでした。3年ほどして、再び転勤になり、うるちゃん家族は東京に戻りました。郷里で、長男のサイエン君が生まれていました。

はづきさんは、うるちゃんが転勤で3年ほど、東京を離れている間に、クリスチャンになっていました。しばらく会わずに再会したはづきさんは、うるちゃんに会うたびにイエス様のすばらしさを伝えてきて、トラクトとか、文庫本の新約聖書とか、キリスト教系の本をせっせと勧めて置いていきました。うるちゃんには、「変な宗教に凝りだして、本人が信じるのは勝手だが、人にまで勧めないで…。自分は今のままで充分に幸福なのだから…」という思いもどこかにありました。しかし、もともと本を読むのが大好きだったうるちゃん、読むくらいならと、抵抗もなく、勧められるままに本を読んでいきました。聖書を読んだとき、「『うるの神』と呼んでいつも感じていた神はイエス・キリストだったのだ。」と思えたのです。

うるちゃんの初めの記憶は、歩行器の中で、「うるはどこから来て、どこに行くのだろう? うるは何なのだろう? こうして、動いたり思ったりすることって不思議なことだな?」と、静物が動かないことや、動物が人間のように考えていないことが不思議でたまらないと感じている記憶でした。親に聞いたこともありましたが、幼児向けのファンタジー絵本を見せられ、その後は考えもしなくなっていました。その不思議への疑問の答えが、聖書に書かれていました。

それでも、「一度教会へ来て。」と半ば強引なほどのはづきさんの誘いになかなかのれずにいました。それは、幼いころからいろいろ熱心に宗教をしている周囲の人を見てきて、自分はそのような一つの宗教にのめりこむようなことはしたくないと思っていたことや、「キリスト教も、いろいろと氾濫している他の宗教と同じようなものだろう。」としか思っていなかったこと、キリスト教から多くの異端宗教も出ていることとからでした。

しかし、読んだ本などに惹かれたので、まず、うるちゃんは、トラクトに書いてあったように、思い当たる罪を言い表し、「イエス・キリストをうるの救い主として心に受け入れます。」と告白しました。1人でいる時にこっそりとです。「あ~、ばかばかしい。自分は何をしているのだろう。」という思いもありましたが、とにかく損もないだろうと言ってみました。

その頃のうるちゃんは、住んでいた社宅の人たちの不可解な態度に、悩みを覚えていました。転勤から戻って住んでいたその地区は、古くからのしきたりがあって、数年前に入居した社宅の人たちは、なじめずに不満を抱えていて、周囲に対しても冷たくなっていたのですが、越してきたばかりのうるちゃんには、困惑するばかりでした。

そんなある日、はづきさんが勧めてくれたマーリン・キャロザース師の「讃美の力」という本を読みました。その本には、「すべての事について感謝しなさい。」という聖書からの言葉と、それを実行したときに起こったことが書かれていました。日頃つぶやきが口をついて出てきてしまう うるちゃんにはぴったりだと思いました。うるちゃんは、まずそれを実行してみることにしました。本に書かれていた人たちのように、神に出会いたいと思ったのです。そこで、良いことはもちろん、思い通りにならないことも、努めて笑顔で「感謝します。」と声に出すことにしてみました。例えば、2人の子供を自転車に乗せ、いつもの道を通ると、工事中になっていました。とても遠回りしなければならなくなり、「あ~、なんで工事中なのよ。子供連れで急いでいるのに、ついていない。」とつぶやきそうなところを、あえて、「神さま、感謝します。遠回りすることが必要なのですね。」と口に出して言ってみました。「感謝します。」と言うことを繰り返していると、しばらくすると心が平安でうれしくなっていることに気付きました。

また、ある時、社宅の人の態度に当惑してはづきさんに相談したところ、「苦手だ、と思う人を祝福してみたら? それに値する人ならば、驚く程変わるし値しない人ならば、その祝福は自分に返ってくるから」聖書に書いてあると言われたので、わらにもすがる思いでその言葉を実行してみました。「○○さんを祝福してください。」と祈った翌日、出会うとにらみつけるようにすれちがっていたその人が、笑顔で挨拶して行ったのでした。その間に接触はなかったし、こちらの態度を変えたつもりもないにもかかわらずにのことだったので、驚きました。

この後も、はづきさんの勧めによって、聖書の言葉からの祈りをしてみると、タイミングよくきかれるということが何度かありました。生きている神に出会ったように感じられ、毎日がうれしく感じられました。

 

罪を悔い改め、一人でこっそりと信仰の告白をしたうるちゃんを待ち受けていたのは・・・?   つづく・・・

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【参考】CVSAブログ「体験からの信仰」

 

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