Wednesday, October 21, 2020

「小羊うるちゃん物語Ⅱ」part 1-6 得られなかった関係

【前回までの登場人物】
   うるちゃん      : 主人公
   なごみちゃん     : 長女
   サイエン君      : 長男
   はづきさん      : 友人
   マーサさん      : B教会で知り合い友人になったクリスチャン
   A牧師        : A教会の牧師
   Kさん      : はづきさん経由で知り合ったA教会の友人
   K宣教師(夫人)  : A牧師をマンツーマンで教えた宣教師(夫人)
   W宣教師       : W教会を開拓した宣教師
   B主任牧師(夫人): B教会の主任牧師(夫人)
   B0牧師       : B教会のB主任牧師の父親である先代牧師
   B1牧師       : B教会の主任牧師の長男である牧師
   B2伝道師      : B教会の主任牧師の次男
   M牧師        : B教会の女性牧師
   Eさん        : B教会の信徒の女性
   Dチャプレン     : A牧師の友人である米軍基地のチャプレン
   Mさん      : トラクト団体で一緒だったクリスチャン女性
   Uさん      : マーサさんの友人の求道中の女性

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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  マーサさんが異言を伴う聖霊を受けた20日後の1998年10月25日(日)、うるちゃんはB教会に異言についての報告をしました。異言は大嫌いだと言っている主任牧師のいるB教会に報告するのはためらわれたのですが、だまっていることに平安がありませんでした。特に信仰の兄弟間では誠実でありたいと思っていました。そんな時、隣の市の日本基督教団H教会でカウンセリングの聖会があることを知り、マーサさんを含む友人3人で出向きました。1998年10月18日(日)のことでした。改革派のカウンセラーの講師Iさんを招いて行われた「よりよい人間関係をつくるために」という主題で行われた集会でした。その時のメッセージで「どんな集団でも、信頼関係やよい交わりを持つためには、報告・連絡・相談が大切です。」と言われたのです。

その時のうるちゃんが記録したメモには、「人間関係は神から与えられたもので、人を変えることは人にはできない。健康な人格が傷つけられることがあるが、愛される時、愛することもできる。言い換えれば、大切に思われていると実感できる時に愛を感じることができる。完全な愛は神によってのみで、神から受けると人に与えられる。愛がわかれば人は嫌々ではなくて、生き生きとした行動になる。愛は、相手がいると自覚できるもので、その相手は自分と感情対応している。愛は、伝える方法にのっとって伝えることが大切。どちらかが我慢している時は、本当の平和はない。違いを認め合っている関係がよい。愛は相手を知ることから始まるので、どんな集団でも、信頼関係やよい交わりを持つためには、報告・連絡・相談が大切。」と記されています。

 教会は愛の根付く共同体なので、当然、「報告・連絡・相談」ができない教会というのは、キリストが主となっていないということになる!と思いました。そこで、うるちゃんはマーサさんと断食して祈り、結果を主に委ねて報告することにしました。報告をしようと決めた日に奉仕に来られたのは、日曜礼拝を担当していた次男のB2伝道師でした。

 その結果は、最悪とも言えるものとなりました。報告をした、それだけで大騒ぎでした。それから起こったことは、細かいところまで、以前の教会を出る時に起こったことの復習をしているかのようでした。人間は、自分の得た知識が強いと、属性の異なる人に対して、排除するための同じような行動を起こし、強い者に同調するものなのだと知りました。うるちゃんは、教会には神の愛が何より大切なのだと痛感しました。配置されている人たち、人が語る言葉、牧師の行動までもが同じだったからです。ただ違っていたのは一度経験済みだったので冷静でいられたことと、聖霊を熟知していない教派のため初めから多少覚悟していたことと、マーサさんという主を愛する姉妹が一緒だったということでした。以前の経験が役にたったわけでした。
                                                 ※ 同調心理について

 その流れを見て、うるちゃんは、われに返った思いがしたのです。私は、ここで何をしているのだろう。どちらも結局同じじゃないか。」 その時、A教会に来た預言者によって三回にわたって、うるちゃんたち夫婦に与えられた預言が頭をよぎったのです。その中で、「…。あなたたち夫婦は、教会の中心となり働く…」ということが語られていたことを思い出しました(「小羊うるちゃん物語part 5-6 預言?」の※3)。どうせ同じなら、A教会の方が良いではないか(母教会であるため)。証明できていない預言をうるちゃんは信じ切っていたわけではなかったのですが、「あの時の預言(?)は本当で、ひょっとしてA教会のことだったのだろうか。戻るのだろうか。」という思いがうるちゃんの心によぎったのです。思わず、友人だったはづきさんに電話していました。電話した結果は、友人だったはづきさんとA教会のA牧師の心を改めて知らされただけとなりました。和解を申し出たのですが、互いの思いは違っていました。また一歩、立ち直れた心地がしました。
どちらかといえば、ペンテコステ系のA教会と、文語聖書を使い古き伝統にこだわり続けるB教会。180度違うような教会なのに、起こったことは同じでした。

 従順が大事なのは、うるちゃんも学ばされてきたことです。しかし、A教会やB教会にあったのは、軍隊的な盲従でした。それを牧師は強いていました(B主任牧師は、マーサさんを説得しようと「あなたも変わったねぇ。女の人は教会では黙していないといけない。信徒で僕に意見する人は誰もいない。牧師が右と言えば、信徒は左だと思っても右だというものだ。」と告げていました※1。)聖書に反すること、主がうるちゃんに語ってくださったことを曲げたくはありませんでした。イエスさまを選ぶか、自分にイエスさまを教えてくれ長年信頼してきた牧師を選ぶか、そういう場面に遭遇した信仰者のつらさは、通った者にしかわからないでしょう。身を切る程に悲しいのです。指導者に従順に従えなくなった時、不要な分裂を避け主の安息にとどまりたいと思っていたうるちゃんには、指導者を変える道しか残っていませんでした。B教会を通り抜けた後には、日本の教会に対しての失望が残りました。

 その後、B教会へは、喜びをいただいて、一度礼拝に出席しました。1998年11月1日(日)の礼拝を最後に、さらなる混乱を避けためか、不要な傷を負わないためか、B教会へは主によって行くことを止められました。礼拝の場を絶たれ、途方に暮れているうるちゃんに、「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。決してあなたを見捨てず、また離れない。どこにいても、礼拝できる。夫婦の一致を求めなさい。」と語られました。それで、うるちゃんは、お世話になったB教会に挨拶をして、B教会を去ることにしました(実際に、挨拶することができたのは、B2伝道師とM姉にでしたが)。マーサさんは、異言を語らないことを誓約させられていた教会員のEさん(「小羊うるちゃん物語Ⅱ」part 1-4 転籍」)と友達でもあり、B主任牧師とそれなりに交流があったので、非難を受けているうるがいなくなれば、二人が協力すれば耳を傾ける時が来るかもしれない、B教会を去れたのはそう思ってのことでもありました。そこで、主に信頼して家で、しばらく家族のみで礼拝することにしたのです。幸い、賛美の環境は整えられていました。三ヶ月が過ぎ、望んでも一緒に祈ることをしなかった夫が、自然に一緒に祈れていることに気付きました。感謝でした。そのころ、マーサさんは、マーサさんで努力をしていましたが、「思い上がるな。」「同じ信徒同士でどうしてこうも違うのか。」「信徒同士は、交わりをもたないのがよい。」とだんだん強力に語られるようになっていく礼拝メッセージが聞けなくなり、また、B主任牧師が周囲に電話で警戒のお触れを出したことで、うるちゃんに対する陰口とののしりの言葉がうずまく様子に、教会にいることの意味がわからなくなり、B教会に行くのをやめられてしまわれました。

 日本の教会に失望したうるちゃんは、気分転換を求めて、ふたたび仕事や趣味を手掛け没頭しました。暇な日がないくらい忙しい日々を過ごしました。教会が与えられたら、頼み込んでも献身したいと思いました。
そんな時、そういう片手間の気持ちでいる限り、教会は与えられないことを告げられました。すべてを3月でやめることにして身辺整理を行いました。すると、すぐにC教会へ導かれました。

 「賛美と祈りに満ちた教会。信仰の一致がある教会。牧師と良い交わりが持てる教会。できるなら、日本人ではなく外国人宣教師のところ。そして、向こうからうるの存在を望んでくださるところ。奉仕できるところ。」今度の教会への希望でした。A教会にいた頃から続けて時々行っていたあるトラクト団体のA姉がなに気なく口にした教会でした。足音を聞いて、戸を開け歓迎してくださったC牧師夫妻は、喜びと輝きに満ちた方に見えました。

 「幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。」 (詩篇 一篇)

 礼拝で読まれた詩篇は、第一篇でした。B教会を去る時、与えられていたみことばでした。

※1 当時うるちゃんが聴き取った内容の記録です。

【参考】コラム「聖書の訳」

 

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  【うるちゃんと教会】
  ★ カウンセラーの聖会に行った日本基督教団H教会(Ⅱpart 1-6)
  ★ 韓国人牧師が開拓していたC教会(Ⅱpart 1-6)
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)
  ☆ へいわくんの実家近くのA教団のW教会(part 5-4)
  ☆ 行き場をなくしたうるちゃんが飛び込んだB教会(part 5-5)
  ☆ 世界一大きいと聞いていた韓国のY教会(part 5-番外編)
  ☆ 早天祈祷のため行ったJ教会(Ⅱpart 1-5)



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Monday, October 19, 2020

「小羊うるちゃん物語Ⅱ」part 1-番外編 へいわくんの父の死を通して

【前回までの登場人物】
   うるちゃん      : 主人公
   なごみちゃん     : 長女
   サイエン君      : 長男
   はづきさん      : 友人
   マーサさん      : B教会で知り合い友人になったクリスチャン
   A牧師        : A教会の牧師
   Kさん      : はづきさん経由で知り合ったA教会の友人
   K宣教師(夫人)  : A牧師をマンツーマンで教えた宣教師(夫人)
   W宣教師       : W教会を開拓した宣教師
   B主任牧師(夫人): B教会の主任牧師(夫人)
   B0牧師       : B教会のB主任牧師の父親である先代牧師
   B1牧師       : B教会の主任牧師の長男である牧師
   B2伝道師      : B教会の主任牧師の次男
   M牧師        : B教会の女性牧師
   Eさん        : B教会の信徒の女性
   Dチャプレン     : A牧師の友人である米軍基地のチャプレン
   Mさん      : トラクト団体で一緒だったクリスチャン女性
   Uさん      : マーサさんの友人の求道中の女性

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

※ 今回の物語には、一般のオーソドックスな多くの教会ではなされていない祈り方が記されていますが、聖書にも記されている祈り方です。寛容な視点でお読みください。

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  1995年10月10日(火)体育の日、へいわくんの父が天に召されました。夏、末期がんの診断がくだされてから、聖人の像やマリアを大事にしている昔からの流れのキリスト教徒であった父母の信仰是正に加えて、癌のいやしを祈りつづけていました。父母は2人暮らしで、近くに親類はいず、母の性格上、1人暮らしは無理だと思いました※補足 。祈り続けていると、「子が魚を下さいと言うのに、だれが蛇を与えるでしょう。…とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が…。」(マタイ 7:9-11 )の御言葉が与えられました。天の父が悪い結果をくださるはずはないと確信しました。容体は思わしくないのですが、父の癒しを信じていました。

 そんなある晩、床につくと、わけもなく心がざわつき、3匹(?)の悪霊と思われる幻が現れました。向かって右のは、小さくて、丸っこくて、異様に大きくぎらぎらした目でこちらをにらんでいるようでした。左は少し大きく、長くて、やはり大きな目でこちらをにらんでいました。真ん中は、奥の方にいて、姿ははっきりしませんでしたが、気配はしていました。まわりは、暗闇で、イエスの御名によって、去るように命じると、幻は消えました。そして、眠りにつきました。眠ってても熟睡できず、ときどき目が覚めるのです。朝、へいわくんの父母の夢で起こされました。すごく、祈りの必要を感じ、父母のための祈りを捧げました。父の病を知らされてから、うるちゃんはときどき、断続的なわけのわからない腹痛を感じていました。時には2~3日続いていました。幻が現れる晩も、腹痛が起こりだし朝まで続いていました。鈍い痛みなのですが、もしかして、父のために親身に祈ることができるように与えられているのかも…と思っていました。祈っていると、強くご聖霊の臨在を感じ、とめどなく、涙が出てきました。「主よ、この腹痛が、父の痛みであり、いやしてくださるのでしたら、このうるの腹痛を取り去ってください。」と祈ったときのことです。急に体に不思議な働きかけがあり、腹痛は治まりました。何が起こったのか、自分でもわかりませんでしたが、途端にイエスさまの愛に満たされ、平安に包まれました。この日以来、腹痛は起こらなくなりました。
                                                 ※ 下線部についてのコメント

 そのような時、父の危篤の知らせを受け、大阪の父母のもとへ向かいました。ずっと祈っていましたが、いやされないのはなぜなのだろうと思ったとき、以前見た幻を思い出しました。その幻は偶像と関係しているような思いが与えられたので、確かめたところ、実家の祭壇に、3体の像があったのです(後で確認したところ、その時までのうるちゃんは知らなかったのですが、押し入れの中に向かって右にマリア像、左に首から上のイエス像、真ん中の奥には十字架のイエス像があり、仏教の、仏壇の代わりになっていました)※余談1。幻と同じ形状だったので、すぐに、そのための解放ととりなしの祈りを捧げました。神父さんが来ても心を開かなかった父が、へいわくんがイエス様のことについて聞いた時、「イエス様以外の神様は信じる気もないし、イエス様以外の所に行く気もない。」と語ったそうです(父は訳あって、教会から離れていた)。1週間後、へいわくんが一時帰宅するときの父の言葉は、「ごくろうさん。」だったそうです※余談2。それが、へいわくんが聞いた最期の父の言葉となりました。へいわくんが東京へ戻った翌朝、父は天に召されました。朝、痛み止めの注射を打つまで、苦しみもあまりなく、意識もはっきりしているまま、平安のもと天に召されたのでした。

 父が癒されなかったことで、うるちゃんが気落ちしていたところ、ある兄弟は、「天国に行ったのだから、いまはもう、がんからいやされているね」と、言ってくださいました。なぜ、うるが望むような肉のいやしは起こらなかったのか、主は全能なのだから、偶像を取り払えたはずなのに…、という思いもありましたが、この疑問に、主は葬儀後に礼拝に行った実家近くのW教会でのメッセージを通して答えてくださいました。主はロボットの人間を必要とされてはいない。偶像をこわしても人間が、偶像を持つのを望んでいるなら、意味がないと。確かに、今の段階では、父がいやされても、昔からの流れのキリスト教の信仰に戻っただけでしょう。昔からの流れのキリスト教の葬儀に出て、イエス様を信じているのに、目に見える像やマリヤのほうを大事にしている信者さんのための祈りの必要を感じました。マタイ 6:24 には、神とサタンと同時に仕えることはできないとあるからです(「だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじたりするからです。あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。」)。また、イエスを信じていればどんなイエスでもよいというものではなく、人となってこの世に来られ、十字架にかかられた神であるイエスを信じているならば、罪の重みを知り、神の栄冠を得るために、罪と格闘しながら歩むものだと思いました。

 主は、うるちゃんが望んだようないやしではなかったけれども、父にとって、神の国にとって、最も良い方法をとられたのだと、信じることができます。   ハレルヤ!!

※余談1:3体の霊のような幻は、その後数年に渡る像にまつわる出来事によっても、祭壇の像との関係があることが明らかになっていったのでした。(神ではない霊の話は、焦点が神からそれていくので、割愛します)

※余談2:父が亡くなって初めての礼拝で、A牧師は、へいわくんとの握手のとき、「ごくろうさん」とだけ、言われたそうです。それは、父がへいわくんに最期にかけた言葉と同じ言葉で、たった一言でしたが、感動を覚えたそうです。

補足:父の死の数年後、母は上京せざるを得ない状況になり、20年間にわたって、へいわくん・うるちゃんが近くでサポートしていくことになったのでした。


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  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)
  ☆ へいわくんの実家近くのA教団のW教会(part 5-4)
  ☆ 行き場をなくしたうるちゃんが飛び込んだB教会(part 5-5)
  ☆ 世界一大きいと聞いていた韓国のY教会(part 5-番外編)
  ☆ 早天祈祷のため行ったJ教会(Ⅱpart 1-5)



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Thursday, October 15, 2020

「小羊うるちゃん物語Ⅱ」part 1-5 異言と解き明かし

  【前回までの登場人物】
      うるちゃん      : 主人公
      なごみちゃん     : 長女
      サイエン君      : 長男
      はづきさん      : 友人
      マーサさん      : B教会で知り合い友人になったクリスチャン
      A牧師        : A教会の牧師
      Kさん      : はづきさん経由で知り合ったA教会の友人
      K宣教師(夫人)  : A牧師をマンツーマンで教えた宣教師(夫人)
      W宣教師       : W教会を開拓した宣教師
      B主任牧師(夫人): B教会の主任牧師(夫人)
      B0牧師       : B教会のB主任牧師の父親である先代牧師
      B1牧師       : B教会の主任牧師の長男である牧師
      B2伝道師      : B教会の主任牧師の次男
      M牧師        : B教会の女性牧師
      Eさん        : B教会の信徒の女性
      Dチャプレン     : A牧師の友人である米軍基地のチャプレン

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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  B教会では、主任牧師の長男のB1牧師のメッセージは素晴らしかったのですが、そのB1牧師も1年を機に本教会に戻られました。B1牧師がなぜ、支部教会に来なくなったのかわかりませんが、後ほど幾人かから聞いた話では、この時すでに主任牧師は自分によく似た次男のB2伝道師を後継にしようと考えていたということでした。

 癒されたうるちゃんは、次第に飢え渇いてきました。B教会にいることの限界を感じ出していました。うるちゃんにとってイエス様のことをしていることが喜びであったからです。属している限りにおいて、所属の指導者に従順に従うつもりでした。「何もしないでただ祈れ。証しや伝道は自己満足になりやすい。祈るだけだ。祈れば自然に成っていく。」証しすることも、奉仕することも許されませんでした。次第に無気力になって、早くイエス様のもとに行きたいと思うばかりでした。傷は癒えたのですが、行ない(証しをすることなど)と霊的賜物の否定のため、だんだん無気力になっていったのです。消えたいと無気力でむなしい状態が半年程続いたので、趣味に目を向けてみました。だんだんと祈ることも心が入らず、形式的になっていきがちになりました。
                                                 ※ 下線部についてのコメント

 「これではいけない。」と思い、聖霊に満たされているクリスチャンたちとの祈りを求めて、導かれたままに(あるトラクト団体で一緒にボランティアをしていたバプテスト教会のMさんの紹介)、自転車で15分ほどのJ教会の早天祈祷会へ行きだしたのでした。1998年8月のことでした。ただただ元気を取り戻したいという思いでした。主は、うるちゃんの祈りたいという思いに応えてくださり、あらゆることでこの祈祷会の出席を支えてくださいました。8月~10月までの3か月間、毎日通い続けました。

 早朝のため、韓国のクリスチャンが数人と紹介してくれたMさんとの数名の祈祷会でしたが、3ヶ月間イエス様を見上げて祈りこむことができました。その間、自分に語られることの確信を得たいと、主に問い祈りました。この間、異言で祈り、みこころを求め、自分に与えられた語りかけが主からのものであるか、異言の解き明かしをも求めていました。そして、10月始めのことでした。あるはっきりとした確信が与えられたのは…。その日、うるちゃんと祈りの時を持ったマーサさんが聖霊に満たされたのです。ハレルヤ。(B主任牧師の許可をもらって、地域にいる信徒の祈り会を週に1回もつことにしていました。)日本語で祈り、マーサさんの友人で求道中のUさんのことを共に祈っていた時、聖霊様が強く働かれたのでした。人と一緒に祈るため、異言は声に出さず口の中だけにとどめていたのですが、聖霊に満たされているうるちゃんの手を取って、マーサさんはその手を自分の頭に持っていったのでした。その場で聖霊様はマーサさんをも異言を伴い満たしてくださったのです。

 うるちゃんは、与えられた思いのまま(マーサさんの恐れについての異言の解き明かしでした)を口に出していっただけでした。その場で、主はうるちゃんに語りかけの確信を与えてくださったのでした。解き明かしを口にした時に、マーサさんは異言を伴う満たしを受けたのでした。この異言とともに与えられた思いが異言の解き明かしでもあるとうるちゃんは思いました。うるちゃんの心への語りかけは異言とともにあることが多かったからです。1998年10月5日(月)のことでした。

 それから、毎日のようにマーサさんと共に祈る時をもちました。その頃のマーサさんは、友人で求道中のUさんを気にかけておられました。Uさんは、イエスさまを神と信じてはいましたが、うるちゃんがB教会に来た頃に未信者のまま父親を亡くされていました。祈るだけでいいという教えの中、癒されるのを信じていたUさんは、誰の手助けもなく、イエス様を伝えることもなく、悲しみの中、イエス様から離れかけているような言動がありました。ある日祈っていると、マーサさんが誰かの傷にイエス様の手がふれている幻を見たようでした。帰宅したうるちゃんは、百万人の福音のとある記事を見た時に、マーサさんの友人Uさんを思い出し、イエス様についての手紙とへいわくんの父の死の時(昔からの流れのキリスト教信者だったが、癒されずに天に召された)の証しを添えてUさんに渡しました(手紙には、誰が天に行き地に行くかは、イエス様にしかわからないこと、信じる者に最善をなされることなどを書きました)。その数日後、A教会を去る時にA牧師に渡した手紙が、悪霊がついていると言って読まれることなく、悪霊を追い出したと言われた経験を思い出し、Uさんに手紙と証しを渡したことで恐れがやってきました。すると、恐れるうるちゃんに次のようなことばが心に響いてきたのです。「あなたの傷はもう癒されています。わたしが介抱したのです。完治しています。さも傷がまだ治っていないかのようにふるまうことが歩けなくしているのです。実際の怪我のように…。リハビリ中は多少痛みが伴いますが、霊のリハビリ中なのですから。“治っていない”というような惑わしに負けないように。癒し主を信じなさい。」その次の日、うるちゃんは、マーサさんの友人Uさんへの手紙に書いた思いは伝わったことを本人の感謝の電話から知ることができたのでした。
※ 下線部の父についての証し
※ 下線部の手紙にまつわる経験:「part 5-4 和解への試み」参照


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  【うるちゃんと教会】
  ★ 早天祈祷のため行ったJ教会(Ⅱpart 1-5)
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)
  ☆ へいわくんの実家近くのA教団のW教会(part 5-4)
  ☆ 行き場をなくしたうるちゃんが飛び込んだB教会(part 5-5)
  ☆ 世界一大きいと聞いていた韓国のY教会(part 5-番外編)



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Wednesday, September 09, 2020

「小羊うるちゃん物語Ⅱ」part 1-4 転籍

  【前回までの登場人物】
      うるちゃん    : 主人公
      なごみちゃん   : 長女
      サイエン君    : 長男
      はづきさん    : 友人
      マーサさん    : B教会で知り合い友人になったクリスチャン
      A牧師      : A教会の牧師
      K宣教師(夫人): A牧師をマンツーマンで教えた宣教師(夫人)
      W宣教師     : W教会を開拓した宣教師
      B主任牧師    : B教会の主任牧師
      B1牧師     : B教会の主任牧師の長男である牧師

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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  B教会のB主任牧師は異言とペンテコステ派を異常に嫌っていました。歴史ある教会で、先代のB0牧師がいろいろ変な行動を見たということで、ペンテコステ派のようなカリスマ的なことをとても嫌っていました。うるちゃんもA教会にいた頃、いろいろなことがあったので、霊を見分けることが重要だとは認識しています。初めて教会を訪れた1997年1月5日(日)にB主任牧師と話をしたときに異言を持っていることを告げ確認した時は、「まあ、いいんじゃないですか?」だったのですが、1ヶ月後の家庭集会に顔を出された時には、釘を刺しておきたかったのか、「ぼくは異言が大嫌いだ!」と本音を言われました(※ うるちゃんは教会の集まりで異言を用いて祈ったことはないです)。突き刺すような言葉でした。その時、うるちゃんは、「交わりを持てる信徒はいないのですか。」と祈りました。そう祈った日の夕方、Eさんと歯医者で会ったのです。以前Bハイツに住んでいて、いろいろあり今は引っ越して家族ともども本教会へ行っている信徒の方でした。アッセンブリー教会で異言を伴った聖霊を受け、以前、B教会のB主任牧師やB主任牧師夫人に悪霊によるものだと言われ、悔い改めを迫られ「もう異言を語りません」と誓わされたことがあるという経験をした痛みを持つ姉妹でした。そのEさんとの交わりにも支えられました。
                                                 ※ 下線部についてのコメント

 そんな中にあっても、B教会で養われ出して半年が経って、イエス様の愛と導きの確かさを日々実感していました。
B教会30年史を読み、教会の歴史と自分が通ってきた信仰が、及ばずながらも類似していること、長男のB1牧師を中心とした交わりに聖書に見られるイエス様の愛が感じられたこと、3世代にわたる信仰の不変性に感動してもいました。

 異言のことやA教会で理解されなかった今までの経験から、教会の移籍をためらっていたのですが、考えていた移籍のことを祈ってみることにしました。気になっているのは、異言の見解についてでした。

 1997年6月1日(日)のB2伝道師(B主任牧師の次男)の民数記からの礼拝メッセージにおいて、「マナ(みことば)だけで栄養は十分とれる。エジプトの、きゅうり、すいか、にら…(預言、異言、賛美…)がないといって、再び罪の奴隷下に行きたいのか。」と、主が言っておられるように思えました(※B2牧師は普通に聖書を解き明かしただけです)。実際、メッセージは、「主がいわれる」という前置きがなくても、主イエスが見えるようなメッセージがいつもとりつがれていましたし、異言の祈りは、個人で家で祈る分については差し止められてもいず、B教会で歌う聖歌や特選聖歌以外のワーシップや近年の賛美曲は家で自由に歌えることだと思いました。この日以降、1年間、B2伝道師は皮膚炎が悪化して休んでしまわれました。

 また、1997年6月8日(日)のB1牧師のメッセージは、ガラテヤ人への手紙 4:21-5:1からで、「奴隷の子は奴隷しか産まない」というもので、特に、心揺さぶられ主の愛が流れてくるものでした。   当時のメモPdf
肉の働きで、多くの人をたたきこむように人を救いに導いても、自分の正しさを主張して誤りを正したとしても、結局、奴隷の子どもになるだけだと、よく理解できたのでした。これまでもブレのない聖書観でメッセージが語られていましたが、この日、A教会の福音とB教会の福音の違いがどこにあるかが、はっきりと見えたのです。

 うるちゃんが救われて、まだ、洗礼を受けていない頃、御陵参道に住んでいましたが、周囲の圧迫から、聖書に書かれている聖霊を受けたいと祈って求めました。はづきさんに勧められるままに新約聖書を読んでから、「異言とは何か。弟子たちを変えた聖霊とは何か。求める者には、だれにでも与えられると書いてあるが…」という思いが残ったのでした。それほど、使徒の伝道の働きの中心を占めていた力の源の現れのように書かれていました。はづきさんもまだ経験がなく、聞いたことがあっただけというので、とにかく祈り求めてみることにしました。ある夜、口が振動して何か語っている夢を見ました。あまりにリアルだったので、聖霊様なのだろうかと、当時通っていた近くの教会の方に相談してみました。「イエス様の弟子でさえ、一緒にいても3年かかったのよ。(イエス様が地上にいる間は、まだ地上に聖霊様は臨在されなかったのだから、今考えればあたりまえですが)」「○○さんさえ、10年かかったのだから、まだ早いわよ。」「調べてみないと、悪霊からかもしれない。」など言われ、うるちゃんも否定してしまいました。否定した途端、花粉症がひどくなり、数日間、苦しみました。平安もかきみだれていたので、そのことについて祈ると、不信仰の罪を示されたのでした。聖霊様を疑ったことを悔い改めた途端、身体中かけめぐる振動とともに、舌が勝手に動き出したのです。使徒の働きにある現象が理解できました。自分で止めようとしても、体の奥からわきあがってきて止められないという不思議な体験でした。この体験は、聖書に書かれている神が本当におられ、今も共にいてくださる!という確信を揺るぎないものとし、何にも代えがたいものとなりました。
この後、A教会に導かれ、洗礼を受けたのでした。
                               「小羊うるちゃん物語」part 2-1 聖霊のバプテスマ 参照

 B主任牧師に異言が大嫌いだと言われたのですが、祈りで受けた異言は、うるちゃんは当時の心を吟味しても、否定できませんでした。マナだけで栄養が取れ、マナ以外に重要なものはないというのもわかるのですが、これまでの信仰生活での体験は、うるちゃんにとっては、イエス様が今も生きて働いておられる証しであり、なごみちゃんの交通事故の時の体験とともにうるちゃんの信仰の基となっているのです。

 このことを祈っていると、「信仰は一つであり、御霊も一つです。」と主が心に語られたのでした。また、今まで引っ越しが多かったので、これから先、どこへ行くかもわからない…と思っていると、「何も思い煩わないで飛び込みなさい。明日のことは明日が心配します。…。」と語られた。次に黙示録の7つの教会を示され、「教会をもさばかれる主が来られる時が来る。」という思いが浮かび、主ご自身が人や教会の誤りを扱い、ちょうどよい時に正しくさばいてくださることを信じることができたのでした。そこに神の愛があれば、わかりあえると信じ、移籍を決意しました。

 が、移籍の意思をB教会に伝えようとした朝のこと(1997年6月11日(水))、Dチャプレンから電話があったのです。Dチャプレンは、A牧師経由の紹介でうるちゃんはワープロの文書作成の仕事を頼まれ、ボランティアで手伝っていたA牧師の友人でした(A教会を去って1か月ほどして、辞退した経緯がありました)。Dチャプレンは、うるちゃんに「今朝、(聖霊様に)3時に起こされ祈っていると、示されたことがある。あなたは、A教会に戻る。そして、リーダー的な重要な働きをする。」と言いました。以前、他の「預言者」と言われている牧師や、預言の賜物を受けたという信徒の方から、全く同じことを言われたことがあったことを思い出しました(その3人は、それぞれほとんど面識がない)。うるちゃんの移籍の決意は固かったのですが、Dチャプレンから「電話番号がもうわからなくなっていたのだが、聖霊様が番号を教えてくれた。」と不思議なことを言われ、多少動揺しました。祈ってみると、「神は愛である。その人たちは、御霊の実を結んでいるか。」と語られました。うるちゃんにはその人たちに神の愛が見えていませんでしたが、うるちゃんが見えないだけかもしれないとも思いました。実際こうして、うるちゃんのことを思って、電話をくれたのは一種の愛のようにも思われてきます。うるちゃんがイエス様の語りかけだと思っているのも、実は自己満足で万が一違っていたらと、またまた疑ってしまいそうになってくるのでした。

 すると、今朝、電話がかかる前のデボーション時に照らされたみことば、「彼らの前にあるすべてのものが愛であるか、憎しみであるか、人にはわからない。(伝道者の書 9:1)」が思い出されたのです。

 一見、愛のようでも、それが真実の愛かどうかというのは、人にはわからない。ただ、わかったことは、その人たちに愛のない数々の行為があったということだけでした。それと電話の内容はみことばをもって言われたわけではないので、いくら不思議なことであっても信頼するわけにはいきませんでした。

 すると、次の日、預言の賜物を受けたといっていたA教会のKさんから電話があり、「今、祈っていたら、ある預言があった。うるちゃんさんのことだと思うのだけど、詩篇23篇『主は私の羊飼い。…。』ときて、『わたしの迷える羊を助けなさい。』ときたのだけれども。」と言われたのでした。「うるは迷っているわけでもないから、違うんじゃない?」と答えました。

 移籍の決意をした途端のこれらの出来事を、確信もないままに無視するわけにもいかず(この不思議を悪い霊の働きと決めつけて行動したならば、うるちゃんにされたことと同じことを今度はうるちゃんがクリスチャン相手にすることになるからです。)、うるちゃんは、とにかく祈りの中でうるに語られたことを捨ててはいけないと思い、もう少し、様子を見ることにしたのです。

 うるちゃんは、もうこれ以上、心を揺さぶられたくなかったので、もうA教会とつながっていたくなかったのですが、「籍を移そうと思っただけで、なぜこのような妨げがあるのか。半年が経ち、A教会との接触はもうなく、実際にはもうB教会にいるようなものなのに。移籍の思いは固まっているのだが、後一押ししてほしい。」と思っていたら…。

 1週間前、特選聖歌集(B教会独自の聖歌集)をなくしてしまったようであることに気づきました。これがないとB教会の礼拝時の賛美がわからず、困るものでした。「主よ。またなのですが、あきれないでください。今度は特選聖歌集がなくしてしまいました。見つけてください。」と祈りました。これまで、主に祈って見つからなかった物はありませんでした。すると、「集会場の机の下に忘れてきたのだ。」という思いがわきあがってきたのです。行って集会場のフロントに聞いたのですが、届いていないと言われました。「日曜日になって、メッセージで移籍についてのみこころが語られて、かつ、特選聖歌集が見つかったなら、移籍しようと思います。一押ししてください。」と祈って、礼拝に向かいました。

 1997年6月15日(日)の朝、礼拝に出向き、もう一度周囲に聞いても特選聖歌集はありませんでした。B2伝道師の代わりに来られたM牧師のメッセージを聞いていると、「証しするのにも時がある」と心に浮かんできて、「異言についての証しはB教会にはまだしなくてもよい。時期がある。不安を除くために認めてほしいという自己満足でしようとしている。」と主が言われたような気がしました。「はい、そうですね。その通りでした。」と心で答えた時、ドアがノックされ、特選聖歌集が見つかったのであった。まことに不思議な主のタイミングだった。こうして、異言の見解の違いによる不安は主を信じて委ねることにし、移籍の決意が整ったのでした。   当時のメモPdf

 そして7月始め、B教会に移籍したのです。

 この移籍時の不思議な2件の電話は、神を正しく知り、恵みのみことばをしっかりと蓄える必要性を刻んだ出来事となりました。
B教会での1年半の礼拝と家庭集会のメッセージを通して、うるちゃんは、恵み(神の愛)による聖書の読み方を、教わったのです。
それは後に学んだどの神学校の教えよりも、深く心の奥底に刻まれているのでした。


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  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)
  ☆ へいわくんの実家近くのA教団のW教会(part 5-4)
  ☆ 行き場をなくしたうるちゃんが飛び込んだB教会(part 5-5)
  ☆ 世界一大きいと聞いていた韓国のY教会(part 5-番外編)



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Friday, September 04, 2020

「小羊うるちゃん物語Ⅱ」part 1-3 奇跡と癒し

  【前回までの登場人物】
      うるちゃん : 主人公
      なごみちゃん: 長女
      マーサさん : B教会で知り合い友人になったクリスチャン
      W宣教師  : W教会を開拓した宣教師
      B主任牧師 : B教会の主任牧師
      B1牧師  : B教会の主任牧師の長男である牧師
      A牧師   : A教会の牧師

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

※ 今回の物語には、一般のオーソドックスな多くの教会ではなされていない祈り方が記されていますが、聖書にも記されている祈り方です。寛容な視点でお読みください。

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  この間、A教会にいた時に培ってきた信仰の面でも主の支えがありました。
サイエンくんが高熱を出して、学校から呼び出しがかかるということがありました。うるちゃんはすぐに迎えに行って、熱の追い出しをしました。祈り始めると途中で寝てしまいました。38度以上あった熱が一時間後に目覚めた時には、すっかり治っていたのです。

 まだA教会にいた1996年9月1日にサイエンくんの目に出来物ができ、医者に行っても治らず、1年間がたちました。
1年間、膿んだり出血したりして、目の半分をぶらぶら覆うまでになっていました。医者は「切らないと治らないがもう少し(サイエンくんが)大きくならないと切れない」と言っていたのです。1年がたって、出血がひどくもう限界にきていました。うるちゃんから医者に「お願いですから、切ってください。」と頼むと、大学病院を紹介してくれたのです。大学病院は電車とバスで1時間はかかるところにありました。大学病院に行くと、月曜日に行って手術してもらうことになりました。その前々日の土曜学校(子供の聖書学校)で、目の不自由からぐずり出したサイエンくんがかわいそうで、寝てしまったサイエンくんの目に手を置いて声を出さず、癒しを祈りました。1年間祈っていたことでしたが、この時の真剣な祈りを主は聞いてくださったのです。土曜学校から帰って間もなく、外にいたサイエンくんとなごみちゃんのうれしそうな声が飛び込んできました。「ママ~、サイエンくんの目がとれたよ~! ハートの形だよ~!」 見ると、出来物がハート形にとれていたのです。跡形もなく…。それ以来、完治しています。月曜日、いつもの病院へ行って、事情を話すと、「何をしたんですか?」と驚かれてしまいました。そして、首をかしげながら、病院の紹介料を返してくれたのです。

 当時住んでいた町の子供会の班長がまわってくる前年のこと(前の年から、次期班長もいろいろな行事に参加することが決められていました)。この町内の地区センターは神社のすぐ横にありました。そして月1回の会合があり、年に数回、宗教がらみの行事がありました。救われて間もなくの御陵参道の経験から気が重くなっていました。そして、摩擦から逃れさせてくださるように祈っていました。ある日、マーサさんが「Bハイツは、いろいろな人がいるから、そういう宗教的なことはないよ。来れば?」と言ったのです。ちょうど会社で、Bハイツのシャ宅の申込みをしていた期間でした。締切りぎりぎりのところでした。いちおう申し込んでみるかと軽い気持ちで申し込んでみました。辞退者が出て、抽選もなく、引っ越しが決まったのでした。御陵参道に住んでいた時に、Bハイツのよくないうわさを耳にしたことがあり、避けようと思っていたBハイツに住むことになったのですから、不思議なものです。

 また、とある休日、外で遊んでいたサイエンくんが、冷や汗をかいて帰ってきたことがありました。1階の自動ドアを、そばに置いてあった台車で遊んでいて割ってしまったというのです。聞く話によると、数万はするようでした(以前、割った人は5万だったと聞きました)。

 ちょうど気落ちするような事件が、2件起こった時でした。1件目は、朝、お弁当のフライを揚げていると、火が付いて、上の方を焦がしてしまったのでした。もう少し、消すのが遅れたら、危うく火事になるところでした。2件目は、同じその日に、A教会を出る時に相談しようとした(A牧師をマンツーマンで教えた)K宣教師夫人から、手紙が来たことでした。A教会を出て、1年後のことでした。1年前に出した手紙が戻ってきたので、また送ると書いてありました。表の宛書のうるちゃんの住所や名前の漢字が間違っていて、しかも、Bハイツに引っ越した後のことでした。よく届いたなあと思い、中を見ると、ローマ14章4節、「あなたはいったいだれなので、他人のしもべをさばくのですか。しもべが立つのも倒れるのも、その主人の心次第です。このしもべは立つのです。なぜなら、主には、彼を立たせることができるからです。」とあり、牧師をさばく罪を説明する言葉も書かれていました。これは、当時、幾人かのA教会の姉妹にも言われた言葉でした。自分の受けた痛みを本人に伝えることが、さばくことになるというのか。教会とはそういう世界なのか。癒えかけていた傷が痛みました。祈ると、聖書を見なさいと言われたような感覚を覚えました。その個所ローマ14章4節を見てみると、その前には、「あなたがたは信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見をさばいてはいけません。」(ローマ 14:1)とありました。A牧師やK宣教師とうるとでは、うるの方が信仰が弱いはずではないか。とりあえず、心は守られました。このことから、A教会のA牧師も、教えてくれた人から受け継がれた信仰を守っているゆえにしたことだということを知り、再び、愛する心をいただくことができました。

 自動ドアを割ったのは、この2つの出来事に続く出来事だったのです。「主よ、もう立ち上がれません。愛してくださっているならば、ただにしてください。」と祈って、管理事務所に向かいました。すると驚くことに、「今回は、(弁償は)いいです。業者が(台車を)置いていったということもありますし、今回は、公団側で持ちます。」と言われたのです。前に割った人は弁償していて、今回も置いていった業者が持つわけでもないにもかかわらず、特別のことのようでした。自治会役員をしているマーサさんのご主人(まだクリスチャンではなかった)は、ただになったことを驚いていました。

 ひとりぽつんとA教会を追い出されたように出たうるちゃんに(正確には、家族4人でしたが)、主が与えてくださった慰めの一幕です。信仰があれば、どの教会にいても、癒しも奇跡も起こるんだよと、言われているようでした。

 A教会を出てからの1年間、自分のいたらなさにも気付かされました。A牧師はA牧師として教会のためを考えて精一杯にやっているということもわかりました。与えられた信仰はそれぞれ違い、神と人との間の信仰に他人が割り込むこともできず、神に祈り委ねることが大切なのだということも知らされました。そして、「人を高慢だと思うこともまた高慢なこと、人はすべて高慢な所があるのだ。」「人に過度に要求すること自体がすでに人を裁いている。~してくれないと思うことで人を裁いている」という自分の高慢、裁く思いにも気付かされました。
                                                         ※ この個所のコメント

 こういう心の痛みを通ったおかげで、1998年の8月には、カウンセリングスクールにも導かれました。

 1年間のB1牧師によって、恵みのメッセージが語られ、今までの教えとの根本の違いが整理されていき、イエス様の愛が伝わってきました。聖書の奥深さにもひきつけられました。何よりも、聖書がよくわかるようになったのです。

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  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)
  ☆ へいわくんの実家近くのA教団のW教会(part 5-4)
  ☆ 行き場をなくしたうるちゃんが飛び込んだB教会(part 5-5)
  ☆ 世界一大きいと聞いていた韓国のY教会(part 5-番外編)



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Thursday, September 03, 2020

「小羊うるちゃん物語Ⅱ」part 1-2 神は見てくださっている

  【前回までの登場人物】
      うるちゃん : 主人公
      なごみちゃん: 長女
      マーサさん : B教会で知り合い友人になったクリスチャン
      W宣教師  : W教会を開拓した宣教師
      B主任牧師 : B教会の主任牧師

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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 初めてB教会の本部に行った礼拝の後、B主任牧師と話す機会が与えられました。そこで、エホバの証人対応に対する意見と、異言のことを尋ねました。後々、摩擦が生じて問題が起こりそうな見解ならば、やめておこうと思ったからでした。その時の話では、エホバの証人対応については、特別な反応は見られず、異言も別に個人的なことはかまわないとのことでした。

Ansoku 1997年1月7日(火)の家庭集会では、B主任牧師の長男のB1牧師が“安息について”語られ、心からの安らぎを覚えました。前教会のA牧師の12月19日以降の講壇からのメッセージによっても傷を受けていたうるちゃんは、「荒れた思いの説教は人を押さえつけるようなメッセージになる」と語られた時、その言葉にすべてをご存知のイエス様を見たのでした。メッセージの前の「キリストにはかえられません」の賛美の時、「何か、大きな傷を受けた羊がイエス様のひざもとにきて慰めを受けている」幻が見えたのですが、その通りの内容のメッセージで、びっくりしました。
                                                         ※ この個所のコメント

 また、前教会のA牧師から「あなたとモーセは比較にもならない!」と言われた時(「『でも』というのが、反抗なのだ」と言われ、「モーセも『でも』と言いましたよね。そこから、とりなしが始まったんですよね。」と聞いた時に返ってきた言葉)には、「モーセがだまっていた代わりにアロンやミリアムの高慢を神ご自身が裁かれた。モーセがそうであるならば、イエス様が内住する私たちクリスチャンはそれ以上のものである。」と語られ、「うるちゃんの手紙から悪霊を追い出した」と言われたならば、マルコ7章15節~23節から「外側から人にはいって、人を汚すことのできる物は何もありません。内側からの悪い思いがその人を汚すのです。自分の心を守るように。」とタイミングよく語られ、支えてくださったのでした。いつもなぜか的確なメッセージが心の傷が完全に癒える(1998年5月末)まで続いたのでした。
※ 下線部の「でも」が反抗的:「part 5-3 報告」参照
※ 下線部の手紙から悪霊:「part 5-4 和解への試み」参照

 このような1年間のB1牧師の週二回(礼拝と家庭集会)のメッセージと支部の方々との交わりを通して、前教会の教えの混乱と傷は徐々に癒されていきました。B1牧師は意識していなかったのですが、癒しの過程には後で学んだカウンセリングの手法が使われていました。この経験を通して、主は偉大なカウンセラーだと実感したのです。

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  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)
  ☆ へいわくんの実家近くのA教団のW教会(part 5-4)
  ☆ 行き場をなくしたうるちゃんが飛び込んだB教会(part 5-5)
  ☆ 世界一大きいと聞いていた韓国のY教会(part 5-番外編)



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Sunday, August 30, 2020

「小羊うるちゃん物語Ⅱ」part 1-1 B教会へ

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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  uruchan「小羊うるちゃん物語」Part1~Part5に書いたようなところを通って、大きな傷を抱えて飛び込んだB教会で2年の養いを受けました。

 B教会へ行ったいきさつを書くと…、
A教会を去るとはまだ夢にも思っていなかった頃、韓国旅行から帰って間もない1996年10月18日に、B教会の支部の日曜礼拝の場になっていたY会館の前を偶然通ったのがきっかけでした。その時、奥のほうに並んでいる一つの看板が目の端にとまったのです。 近くに教会ができたんだとうれしく思ったことを覚えています。12月になって大きな傷を受け、教会をどうすればよいのか祈った時に、そのことを思い出し、思い切ってB教会に電話してみました。その時、Bハイツで家庭集会が開かれていることと、Bハイツに住んでいる信徒でなごみちゃんと同じ学年の女の子がいることを聞きました(それが後出のマーサさんでした)。Bハイツについては、この地に越してきてからずっと、主の示しの中で祈ってきたことがありました。祈りで、この建物の上に幻を見たことがあったのでした。それで、このようなことになったのも、神の導きと信じることができたのです。
                                                 ※ 下線部の記事

 それでも、A教会とは全く違う教派のための迷いがあり(A教会などでは福音派などの力のなさを聞いていたからでした)、1997年1月5日(日)、都心部にある本教会に家族で訪れてみました。その集会の様子は、A教会とまったく違ったものでした。静かでまじめで型にはまった厳粛な礼拝。宗教をしたく信仰を持ったわけではなかったうるちゃんは、「主よ、間違えましたか?」と心で問いました。そのとき、いくつかの聖歌が歌われたのです。帰省先のW教会での神学生による元旦礼拝で歌われた聖歌と妙にすべて一致しているのでした(W教会では、これまで聖歌を歌ったのを聞いたことがなかったのですが、たまたま、W宣教師が留守で、神学生が担当していたため数曲歌ったものでした)。B主任牧師のメッセージを聞いていても、文語聖書を使っているということもあり、固く心に入ってこず、「あ~、うるの語りかけって一体…」と思っていると、「先代のB0牧師が戦時中の迫害下で三年半投獄された。一番長く投獄されたのは日本で二人だけだった。」という内容の証をメッセージの終わりの頃になされました。落ち着ける教会を探すにあたって、聖書を愛する深い信仰を求めていたうるちゃんは、「迫害にあっても信仰に耐えられる兄弟姉妹のいる教会へ」と祈っていて、このメッセージの内容に祈りの応答を見たのでした。「迫害に耐えうる教会」「霊とまことの礼拝者のいる教会」その2つを具体的な教会への願いに入れていたのです。当時のうるちゃんは、「世界中でひとりになっても主に従いたい。どうせ死ぬなら、主のために死にたい(一度の人生、人間はいつかはこの世を去る)。迫害にあって死ぬのもよい(ただし苦しまずに一瞬で死にたい)。」と思っていました。A教会で聞くイエスさまは私が知っているイエスさまと、何か違うように感じていたうるちゃんは、どこかで信仰による孤独を感じていたのでした。

 「迫害に耐えるかどうかは、起こってみないとわからないのだよ。肉でだって耐えうることがある。戦争中、迫害に耐えたのはキリスト信仰だけではなく、異端や他の宗教の中にだっていたのだよ。」「霊とまことの礼拝者というのは個人個人の心のあり方であって、教会単位ではないのだよ。」信仰による孤独を感じていたうるちゃんが教会への導きとして2つの祈りにあげていた事柄によって、主は、外的要因では決して信仰は量れないのだということをこのB教会にいた二年間で教えてくださいました。主はまことに真実で正しい方。このようなつたない祈りにも答えてくださって、益としてくださったのです。確かに迫害に耐えた教会でした。そして、まことの礼拝の心を持つマーサさんという誠実な友をも与えてくださいました。このように、祈りには応えてくださったのですが、このB教会で、うるちゃんは心が強くなる訓練を受けることになるのです。     つづく・・・

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  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)
  ☆ へいわくんの実家近くのA教団のW教会(part 5-4)
  ☆ 行き場をなくしたうるちゃんが飛び込んだB教会(part 5-5)
  ☆ 世界一大きいと聞いていた韓国のY教会(part 5-番外編)



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Tuesday, August 18, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 5-番外編 主による韓国への旅

  【Part5の登場人物】
     うるちゃん  : 主人公
     へいわくん  : 夫
     なごみちゃん : 長女
     サイエン君  : 長男
     はづきさん  : 友人
     A牧師(夫人): A教会の牧師(夫人)
     友人Nさん  : なごみちゃんの幼稚園のママ友
     友人Iさん   : A教会で出会った友人
     Gさん    : エホバの証人に入ったばかりの女性
     Tさん    : バプテスト教会の知人女性
     S牧師    : A教会に来た同盟教団の牧師
     K宣教師   : A牧師をマンツーマンで教えた宣教師
     B主任牧師  : B教会の主任牧師
     Leeさん   : 韓国旅行で知り合った宣教師婦人
     B1牧師   : B教会の主任牧師の長男である牧師
     S師     : 日本に預言の働きを導入した外国人
     有名人のNさん: A教会の信徒
     S.S女史   : A教会に来た外国人の「預言者」

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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  1996年8月、へいわくんが韓国へ出張に行きました。出張が決まってから、うるちゃんは「子ども達も夏休み中なのでついて行けないかな? 世界で一番大きいと言われているY教会へ行きたい…。」と言っていたのですが、日にちが東京リバイバル聖会と重なっていることと、導きがなかったこととで思いは消えていきました。

 出張に行ったへいわくんが出張最終日にホテルに戻ってくると、テーブルの上に一泊無料宿泊券が置いてあったそうです。フロントで聞くと「プレゼントだ。」と言われ、持ち帰ってきました。ソウル中心部の1流ホテルのエグゼクティブダブルルームで、有効期限は4ヶ月でした。あまり経験したことのないこの宿泊券をどのように用いるのがみこころなのか祈りました。「うるが行くのか、誰かにあげるのか…。もし、うる自身が行くのならば、誰か一緒に行く人が必要です。必要をも満たしてください。」と祈り、数人に声をかけ、待ちました。数週間後、はづきさんが、「夫が『子供たちを見ているから、行ってきたら?』と言った。」と言うのです。Mバイブルキャンプや夏期聖会に行かせるのも渋った御主人が、すんなりと許可してくれたのです。海外旅行にも慣れていず、英語もハングル語もわからない2人でしたが、2人で行くことには平安がありました。

 金銭面でも主は備えてくださいました。バブルがはじけてから今までこなかった在宅の仕事の依頼が4、5年ぶりに来たのです。いろいろ外注を当たってみたけど、意にそぐわず、うるちゃんのところまで回ってきたのでした。

 人、旅行に必要な金銭が備えられ、次は日程です。子供たちがいるため旅行期間中へいわくんが休みの日の連休でないと行けません。4か月という期限内に可能な日が3回ありました。その中で10/10(木)か 10/11(金)~10/13(日) が一番良いように思えました。10/10 は幼稚園の運動会。休むのには子供たちもうるちゃんも抵抗はなかったのですが、問題はうるちゃんが運動会の役員だということでした。運動会委員のことは、引き受けた際にできない可能性を言って引き受けたこともあり、他と調整できました。はづきさんの幼稚園も運動会でしたが、これも実家のお母さんが来てくださることで、解決しました。

 日程が決まると、次は航空券です。ところがすでに一ヶ月を切っているのと、秋の連休ということで、どこの旅行会社もキャンセル待ち。主のみこころならば、備えられると思っていたら、うるちゃんのシャ宅の2階に住むKimさん(韓国人クリスチャン)の行っている教会に韓国の旅行会社をしている方がいるから、手配してくれると言われ、格安でとってくださったのです。はじめは、帰りの便を13日(日)の11時の飛行機にしていましたが、よく考えると礼拝に出られません。「まあ、しょうがないか。早朝の礼拝に出よう。」と思っていましたが、13日だけの臨時便が出来、旅行会社の人の勧めで16時発のその便に変更できたのです。ところが、後ほどその便が、済州島経由になる可能性が出てきました。それだと倍の時間がかかるので、嫌だと思い迷いましたがすべて委ねることにしました。結局、済州島経由になりました。

 ホテルの予約もKimさんがしてくださいました(ハングル語が必要)。次はパスポート。本籍の大阪に戸籍抄本を申請したはずが、抄本附票が届き、パスポートの手続きができませんでした。パスポート取得のためと書いて料金を添えて申請したはずが、おつりが入っていておかしいなと思ったのです。もう日にちもなく困っていたところ、電話で料金後払いの速達で送ってもらい、なんとか間に合いました。スーツケースを買えば、鍵が不良で、店に足を運ぶこと2回。ことごとく苦労するのはなぜだろうと思いました。

 なぜこんなにも苦労するのか(その都度主の助けがあり、道ができるので)、ただY教会を見てくるだけではなく何か意味があるのか、主に祈りました。すると、「日本が過去犯した罪の謝罪」のことが浮かびました。そういえば、2年前のある導きから、戦時中に日本人がなしたことを知り、はづきさんとうるちゃんは小さいながらもとりなしてきたことでした。また、具体的にどのように謝罪するのかも祈りました。すると、「ハングルで書いたトラクトを持っていくように。」と言われたのです。ハングル語などわからないので、ボランティアに行っていたEHCかどこかで、調達できるのかと思いました。遅く帰ってきたへいわくんに、「ハングルのトラクトを持っていくように言われたのだけど…。」と告げると、「あ-、それなら会社に、日本語 Windows95に対応するハングルのワープロがある。」と言うではありませんか。さっそく持ってきてもらい、取り組んでみました。
                                                 ※ 下線部についてのコメント

ハングル語のトラクトは、2階のKimさんやはづきさんの幼稚園のChaさんの助けも借りたり、教会の助けを借りたりして、2日前の8日にようやく出来上がりました。

 Chaさんの紹介で、日本人の韓国語学科の学生クリスチャンの女性で、韓国にも留学したHさんとも知り合うことが出来、日本人からの立場の韓国の様子も少し聞くことができました。なにしろ、うるちゃんはハネムーン以来2回目の海外、はづきさんに至っては初めての海外、ハングル語はもちろん、英語も中学程度にしかわからない状態でした。ツアーも組まずに、外から見れば無謀と思われてもしょうがないような旅です。でも、不思議に平安でした。祈りの時に、「主が御使いをあなたといっしょに遣わし、あなたの旅を成功させてくださる。」(創世記 24:40)というみことばを示されたからでした。

 1日目。飛行機に乗り、順調に出発しました。日本を出て東シナ海上空に来た頃、腰に何か感じました。別に気にも留めなかったのですが、ソウル空港を出ると、それが痛みに変わり、夜には激痛になりました。空港へ降り立つと、日本語が通じないことや腰が痛みだしたことから、少し恐れがやってきました。すると「ひるんではいけません。恐れずに行きなさい。わたしが共にいます。」という言葉が心に響きました。平安を取り戻し、リムジンバスに乗りホテルへ行きました。ホテルまではタクシーで、と思っていたのですが、飛行機で隣席になった韓国人ビジネスマンがリムジンバスで行くように勧めてくださったので、バスで行くことにしたのです。そのビジネスマン(ノンクリスチャン)にトラクトを渡し謝罪すると、笑顔で答えてくださり、とても親切にしてくださいました。

 次にトラクトを渡したのは、ホテルに行き、エレベータに同乗したポーターのChoさんにでした。Choさんはクリスチャンで、荷物が不自由なら、帰る日まで自分の名前で荷物を預かってくれるとまで言われました。次はホテルの夕食時、笑顔でサービスしてくれた若い女性に。その女性もまたクリスチャンで、気持ち良く受け取ってくださいました。言葉はわからず、海外も初めてに近いものでしたが、トラクトを通じて、いろいろ交流ができました。
腰が痛く、始まったばかりの旅、動けなくなったら大変! それでマッサージを頼むことにしました。フロントで聞くと受け付けの女の子に吹き出され、妙に大笑いされてしまいましたが、なんとか頼むことができました。いまだにこの笑いが何だったのかはわかりません。マッサージに来たのはKanさんと言う目の見えない若い女の子でした。クリスチャンではないということでしたが、話をしていくうちに一度は信じ、洗礼も受けたことを打ち明けてくださいました。とても印象的な女性で、その人のために共に祈ることができました。御両親にでもと、トラクトを手渡しました。

 2日目。マッサージをしてもらったのですが、痛みは増していました。声をかけてくれたホテルの掃除係のおばさんにトラクトを渡し謝罪したところ、聖霊によるとしか思えないような(感情ではない)涙が溢れ、言葉は全く通じないのですが、3人で涙を流しながら祈り合うことができました。後で通訳の人が備えられ、話をしてみたところ、長老教会の役員の方で、ずっと日本のために祈っていたようでした。短い時間でしたが、良い交わりも持てました。

 腰が痛いといって寝てもいられないので、午前中ははづきさんが行きたがっていたロッテデパートの地下へ。売り場を教えてくれた2人の女の子にトラクトを渡してみました。いちおうクリスチャンだと言っていました。言葉が通じないのですが、キリストの内在の有無の違いがなんとなくわかるような気がしました(気のせいだったのかもしれませんが)。

 ホテルをチェックアウトして、とりあえずY教会へ行こうと乗ったタクシーの運転手が、偶然、KanさんというY教会のメンバーの方で、事務室まで連れていってくださいました。そこで親切なガードマン2人にトラクトを渡すと、日本宣教会の人を呼びに行かれました。来てくれた日本宣教会のおじさんに謝罪すると「非常に悪いタイミングの時にきたものだ。政府の問題だから個人的にされても困る。」というようなことを言われ、祈祷院までの手筈をとってくださいました。おじさんの言葉で、逆に話題になっていることなのだと知り、ますます主のタイミングだという気がしました。祈祷院でも数人にトラクトを渡しましたが、だれもが快く受け取り、「わかりました。」と言うのですが、「あなたがた日本人を赦します」と言う人がいないことに気付きました。ちょうど持ってきた本に、2国間の壁を除くのは2国双方の告白が必要だと書いてありました。腰痛の癒しも祈りましたが、主は「癒されるのにも時がある。」と言われるだけでした。韓国へきてからの腰痛と頭重感と戦いながら、「あなたがた日本人を赦します」と言ってくれる韓国人クリスチャンとの出会いと、当時の身近な体験を持つ方との出会いを祈って眠りにつきました。

 3日目。「腰を伸ばせば、痛みは消えます。」という語りかけで目覚め、腰を伸ばしてみました。鈍い重さは残っていましたが、夜中にもあった激痛がなくなっていました。Y教会の前のホテルに泊まるつもりで、祈祷院を出ることにしました。9時半のバスに乗るつもりが遅れて10時に乗ることになりました。ベンチでバスを待っていると、一人の女性が話しかけてきました。「Are you Filipina ?」(昔からよく東南アジア系の顔だと言われていたが……。)Y教会の奉仕者、Leeさんとの出会いでした。トラクトを渡し謝罪して、「私たち日本人の犯した罪を赦します。」と言ってもらうことができました。時計を見ると10時になっていて、そこで初めてバス乗り場の場所が違うことを知り、別れもそこそこに立ち去りました。結局バスにまたもや乗り遅れ、11時のバスになってしまいました。バスを待っていると一人のおばあさんがやってきました。片言の日本語の会話でわかったことは、お兄さんを日本人との戦争で亡くし、慰安婦を危機一髪のところでまぬがれた知人を持つ方ということでした。更に、「昨晩の祈祷院でのメッセージは、日本人を赦すという内容のもので、たくさんの方が涙ながらに赦しを取り扱ってもらった。あなたたちだったのね。」とも言われ、主の御手を感じたのでした。そのおばあさんと、涙で祈り合い、謝罪と許しの告白をすることができました。

 やっとバスが来て乗ると、先程のLeeさんが乗っていました。バスの中で話しているうちに午後の行動を共にすることと、夜、泊めていただくことになりました。先ほど予約したホテルはキャンセルしました。Kanさんのタクシーを呼び、西大門の独立公園の資料館へ行くことになりました。そこは、戦争時の日本の行為の写真や蝋人形があるところでした。3階建ての中に入ると奥に行くにつれて怨念としか表しようのない憎しみと赦せない思いを抱かせるような圧迫感を強く感じ、吐き気と頭痛がしてきました。Kanさんは急に不機嫌になり、怒ったように早々と出ていってしまっていたので、残ったLeeさんとはづきさんとうるちゃんの3人、つき動かされるように資料館の中で祈りました。赦しの告白と祈り。祈り終わった時の平安は心地よいものでした。このような資料館は、韓国の人にとっては、憎しみをもたらすためのものでしかないことを感じました(日本人にとっては何かがあったことを知るために必要なものですが)。資料館の前で出会ったクリスチャンの学生5人ぐらいに謝罪したところ、すがすがしく受け入れてくださいました。

 夜はLeeさんの家へ。Leeさんの御主人は5千人の教会(Y教会ではない)の牧師でした。夜、Leeさんの友人が会いに来てくれて、共に賛美し(言葉は片言の英語しか通じなかったので、ハングル語と日本語で共通の聖歌を数曲歌い)、祈り合い、良い交わりをもちました。Leeさんは3ヶ月前の祈りの中、幻で日本の国旗を見ていたことも話してくださいました。手厚いもてなしを受け、翌朝Y教会へ。夜、寝る前、再び腰痛が戻ってきました。

 4日目。9時の礼拝に出席。人数の多さとオーケストラによる賛美が印象的でした。礼拝が終わり、Y教会のポーチで絵が売られていました。そのまま歩いていくと、このような場所にいるはずもない鳥が一羽、まわりを人が取り囲んでいました。山鳩の雛のように見えるその鳥がやけに印象的でした。トイレにはいると次々に人が来て、ぼんやりしているとトイレにも入れない状態でした。エレベーターに乗ろうとしても、われ先にと人がつめかけ、意気込まないと乗れないような状態。腰の痛いうるちゃんは、これが世界一の教会の姿なのかなと、気がつくと涙が出ていました。世界一の教会で主は、さまざまなクリスチャンを見せてくださいました。飛行場で数人にトラクトを渡し、飛行機へ。済州島では何が起こるのか、どんな人と出会うのかと楽しみにしていたら、乗ってきたのははづきさんの隣も、うるちゃんの隣もカジノやゴルフを楽しんできた日本人男性。何か意味があるはずだと、イエス様を伝えてみました。

 2人とも、イエス様の話を聞くのは初めて。まわりの2、3人の韓国人にトラクトによる謝罪をして日本に着きました。飛行機に乗る時、「日本にきたら、腰が癒されてたりして…。」と冗談半分で言っていたら、成田に降りて気がついてみると、激痛も、重さもなくなっていました。「なんだったんだろうね。」と言いながらも、これは主の赦しの中での出来事であったのだと改めて思いました。

 帰りはリムジンバスで家の近くの駅まで、後はタクシーで家へ。1本前までのリムジンバスは工事のため大幅に遅れて時間がかかったみたいでしたが、うるちゃんたちの乗ったバスは、予定より1時間も早く着いただということを、乗ったタクシーの運転手の話で知りました。その運転手さんに韓国へ行った話をして証しを少し。その方は名ばかりの創価学会員ということでした。トラクトを渡し、帰宅。

 言葉がわからないなりに、ガイドブック片手に前向きに会話を取り組み、うるちゃんの重い荷物をも運んでくれたはづきさんが行けなかったなら、このような旅にはならなかった筈です。姉妹間の愛と霊の戦い方…、この韓国での学びを終えて、どんなときにも主は共におられることを実感しました。また、自分にとってどんないやな言葉であっても、うるちゃんの心に響いてくる主の声の確かなことも知ることができたのです。今まで主の言葉だと確信しても、でも本当に?と疑いを持つことが度々あったのです。

 次週のA教会での礼拝は、備えられたように、韓国のM.S.牧師夫妻がメッセージのために来られていました。お父さんが戦時中日本軍に迫害にあった牧師でした。日本に重荷を持って、初めて日本での奉仕の時(甲子園ミッションでの指揮)、日本へ来る飛行機の中で、腕が上がらなくなり、舞台に上がったとき、主の力が臨んだという証しをされました。腰が痛くなって、独立公園へ行く3日目だけ、腰が痛くなかったうるちゃんの体験と通じるものがあり、主のすばらしさを改めて実感しました。そしてこの旅が、目には見えなくても主が何かをされたのだということを、信じることができたのです。(この日、7月に行ったMバイブルキャンプでみんなに呼びかけて天気を祈ったときのことが他の人の信仰の励ましとなったことを1枚の印刷物で知ることができました。・・・キャンプ中、キャンプファイヤーを控え、午後からだんだんと雲行きが怪しくなってきて、今にも雨が降り出しそうな空模様になってきました。うるちゃんは、楽しみにしていた子ども達を思って、周囲の人たち一人一人に呼び掛けて、集まった皆で共に祈りました。祈っていると、だんだんと雲が分かれて青空がのぞき出し、キャンプファイヤーを始めたときは、星まで見える空になりました。そのことをMキャンプの会報に、心を合わせて祈った時の「恵み」として証を投稿した方がいて、この日、教会で教えてくれた人がいました。)

 初めから主が計画され、うるちゃんたちはただ主に従って、主の後をくっついて歩いて行っただけなのです。ただただ、主はすばらしい…としか言いようがありませんでした。

 この2か月後に、起こることをうるちゃんは、まだ知りませんでした。

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  【うるちゃんと教会】
  ★ 世界一大きいと聞いていた韓国のY教会
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)
  ☆ へいわくんの実家近くのA教団のW教会(part 5-4)
  ☆ 行き場をなくしたうるちゃんが飛び込んだB教会(part 5-5)

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  「小羊うるちゃん物語」の登場人物まとめ
     うるちゃん  : 主人公
     へいわくん  : 夫
     なごみちゃん : 長女
     サイエン君  : 長男
     はづきさん  : 友人
     N師     : はづきさんを導いた女性
     H牧師    : H教会の牧師
     A牧師(夫人): A教会の牧師(夫人)
     Kさん  : はづきさん経由で知り合ったA教会の友人
     友人Nさん  : なごみちゃんの幼稚園のママ友
     友人Iさん   : A教会で出会った友人
     Gさん    : エホバの証人に入ったばかりの女性
     Tさん    : バプテスト教会の知人女性
     S牧師    : A教会に来た同盟教団の牧師
     K宣教師   : A牧師をマンツーマンで教えた宣教師
     B主任牧師   : B教会の主任牧師
     Leeさん   : 韓国旅行で知り合った宣教師夫人
     B1牧師    : B教会の主任牧師の長男である牧師
     S師     : 日本に預言の働きを導入した外国人
     有名人のNさん: A教会の信徒
     S.S女史   : A教会に来た外国人の「預言者」
     M.S.牧師夫妻 : A教会に来た韓国の牧師夫婦



 

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Thursday, July 23, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 5-6 預言?

  【Part5の登場人物】
     うるちゃん  : 主人公
     へいわくん  : 夫
     なごみちゃん : 長女
     サイエン君  : 長男
     はづきさん  : 友人
     A牧師(夫人): A教会の牧師(夫人)
     友人Nさん  : なごみちゃんの幼稚園のママ友
     友人Iさん   : A教会で出会った友人
     Gさん    : エホバの証人に入ったばかりの女性
     Tさん    : バプテスト教会の知人女性
     S牧師    : A教会に来た同盟教団の牧師
     K宣教師   : A牧師をマンツーマンで教えた宣教師
     B主任牧師  : B教会の主任牧師
     Leeさん   : 韓国旅行で知り合った宣教師夫人
     B1牧師   : B教会の主任牧師の長男である牧師

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

※ 今回の物語には、個人的な「預言」が出てきます。ペンテコステ系教会においての出来事が書かれています。一般のオーソドックスな多くの教会ではなされていませんが、寛容な視点でお読みください。

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 1995年10月、夕拝に初めて、後に日本に預言の働きを広めたS師が通訳者を兼ねた弟子(この方も預言をした)を連れてA教会にやってきました。簡単なメッセージの後、「今、この中の5人に主から『預言』が与えられました。」と言われました。その中に、A牧師、有名人のNさん、うるちゃんがいました。S師は、A牧師に「これから、あなたを使徒として用います」という内容を預言として語っていたことを記憶しています。預言を受けたA牧師はペンテコステの牧師の会合で知り合ったS師について「預言者」だと知らなかったと興奮したように語っていました。

 うるちゃんにも、うれしい内容の「預言」が語られたのですが※1、初めて見る「預言者」は、なぜ、聖書の預言者のように、罪を刺し通し、神の国を治め建設するような悔い改めの働きをしないのか、疑問でした。預言者の役割によるのかとも思っていました。

 その後、A教会に、幾人かの預言者が集会に訪れ出しました※2。そして、翌年の1996年8月に、再びS師が、今度は正式に3日間高原に宿泊しての夏期聖会に招かれました。内容はS師に任され、何をするのかは当日までわからない状態でした。
初日である1日目に、S師はリバイバルに対する預言の働きの重要性と日本に新しいリーダーを立てるというようなメッセージをし、2日目は、午前中の集会の後「午後は、皆さんも預言できるように、訓練をします。」と言われました。3日目は、簡単なメッセージと預言の時間がもたれました※3

 2日目の午後の「預言の訓練」時のこと、聖会には交流のある他教会からの出席者もいたため、初対面の方も多くいました。その中で、「2人づつ組になり、それぞれ、心に浮かんできた言葉を言い合いなさい。」と言われ、組を変えた訓練が何回かなされていきました。これには、戸惑いを覚えました。聖書に書かれている預言者は、人の罪を治めるためによく遣わされていたので、仮に、何か浮かんだとして、初対面の相手に軽々しく言えるものなのだろうか、また、言ったとして、そのことが当たっていたとしても、内容によって相手は素直に「そうです」と言えないのではないだろうか、と。しかし、異議を言う人はうるちゃんを含めて誰もいず、素直に訓練に従い、A牧師や出席した幾人かは、とても興奮し、すっかり、預言のとりことなっていったようでした(その後、預言を受けに通いだす人たち、「祈っていたら、このような幻を見ました。『私はひとり雲の上にいました。イエスさまがいました。主は私にあなたに預言の賜物を与えると言われたのです。ハレルヤ!』」と集会の中で「預言」を始める人、左の耳から「主が言われます。『あなた方は、もっとわたしらの賜物を求めなさい。わたしはもっと与えたいのです』」と実際に主が語る声が聞こえ始めたと言って「預言」をする人たちが出始めました)。うるちゃんも、よい預言を受けていたこともあり、不思議に思っていても、受ける側についての懸念事項はありましたが、主からの賜物だということに疑いを持っていませんでした。
                                                         ※ この部分についてのコメント

 このような流れの中で、うるちゃんは、受けた預言が気になりつつも、「平安を預言する預言者については、その預言者のことばが成就して初めて、ほんとうに主が遣わされた預言者だ、と知られるのだ。」(エレミヤ 28:9)「満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です」(Ⅰテモテ6:6)という主の言葉を信じて委ねることにし、A教会を後にしたのです。(※3の夏期聖会での預言の中の「あなたの教会の中で・・・用いる」という言葉が主のものだったら、出ることは逆らうことになるのだろうか、しかし、だとしても「あなたの教会」=A教会とは限らない、この意味するところがA教会なのだとしたら、語った神が責任をもっていつの日か和解へと導いてくださるはずだ!という結論に至ったのでした。)

 うるちゃんに語られた預言は、励まされるものでしたが、「平安を預言する預言者については、その預言者のことばが成就して初めて、ほんとうに主が遣わされた預言者だ、と知られるのだ。」(エレミヤ28:9)とあり、聖書にも書いてない個人的な事柄であるため、鵜呑みせずに、心にとめておくことにしました。

 A教会を後にした数日後、Leeさんから、ファックスが届きました。
「I knew your hardness in church. At that time Holy spirit makes me pray for you.
Mrs. Uruchan ! I worry about hart and I pray for you now.
God knows everything. You had better depend on God. Mrs. Uruchan !
God, I, and your friend love you.

I pray for you every day, Mrs. Uruchan!
“You are very important person in the kingdom of God. You are the woman of pray.
If you pray for the kingdom of God, that kingdom will be broad, world-wide.
You have the responsibility to save Japanese. A lot of soul is waiting for you, your devotion, and your prayer. God loves you very much.”」

 上記でふれたうるちゃんになされた3つの預言を、下記に記します。

※1 1995年10月1日夕拝時のS師からうるちゃんへの預言
「聖霊があなたがたのうちに現れて下さいます。あなたの生活のうちに、すばらしい大きな祝福が、主の臨在が与えられます。あなたの心は柔らかくて、そして本当に美しいものです。わたしにとって尊いものとして、わたしはあなたを用います。わたしのために戦う勇士として、わたしはあなたを任命します。その喜びの武器をあなたに与えます。主にある喜びを持って、わたしのために進みなさい。どのような務めをあなたが持つかわからないのですが、あなたは主の前に笑う者となっていくでしょう。そしてあなたの内側に、あなたの体に癒しが、癒しの何かが、今起こるでしょう。あなたの感情的なもの、霊的なものの中に完全なる癒しが成就するでしょう。そして、この時期において、新しい息を、風をあなたに送ります。わたしの姉妹よ、あなたの内にある優しい心に言います。悪しきものに対して、また悪しきものの偽りに対して、あなたは立ち向かうのです。あなたに与えた愛は、多くの人達を愛するものとなるのです。あなたがどんなに神様に愛されているのか、また人々に、兄弟姉妹達に愛されているのか、あなたが見えるようにあなたの目をわたしが触れて開こうとします。わたしはあなたに新しい力を与えるのです。自分を弱いと言ってはならない。あなたは強いと言いなさい。わたしの娘よ、あなたは強い者です。あなたは強い者です。あなたは強い者です。あなたは強くなりました。そして神の家で、あなたは喜び踊る者となるでしょう。主の前に、喜びの旗を振るものとなるでしょう。あなたがたの子供達のうちに、わたしの喜びが至るでしょう。あなたにとって、大きな将来を約束します。どうか、下を見ないでわたしを見上げて歩みなさい。あなたの上に大きな喜びが与えられるでしょう。」

※2 1996年1月7日礼拝の中でのS.S女史からうるちゃん夫婦への預言
「わたしはあなたがたに必要な物すべて与える神です。あなたがたの手をわたしに伸べなさい。そうすれば、わたしはあなたがたを満たします。あなたはちょうどあの少年のように、2匹の魚と5つのパンを持ってきましたけれども、それを増し加えます。あなたがたのいる状況の中の制約をわたしは切り取ります。芽が地面から飛び出てくるように、あなたがたをします。そして霊の実をあなたがたは食べるようになるでしょう。霊の人となるようにあなたを整えて解放しましょう、奥さん。あなたは少女のように閉じこもっていたかもしれない。わたしがあなたの中で、内側の働きをしているのを誰も認めてくれなかったかもしれませんが、多くの人たちは、神のすばらしさをあなたの中に見ています。家庭の中でわたしはあなたがたの中で働いています。わたしの真理をあなたの子供たちにも教えます。そして、霊によってあなたがたは妻として、夫として一体とされています。夫婦としてのことをあなたがたに教えます。あなたがたは夫婦として主のことを教えるようになります。そしてややこしいものを簡単に教えるようになります。そして主の軍勢を持ち出します。そして若い人たちにも、主の導きが出来るようになるでしょう。あなたがたに新しい召命を今、与えます。新しい霊の働きができるように。」

※3 1996年8月17日夏期聖会の中でのS師からうるちゃん夫婦への預言
「主よ、どうぞこの夫婦を祝福してください。あなたがた2人の中には、主に対する本当に深い愛情があります。主は云われます。あなたの心は柔らかくて、本当に建て直しやすい。他の人たちもそれを見て感動します。あなたは新しいドアをオープンする者となります。あなたがいるところに本当に主を礼拝する霊がやってきます。あなたが入っていって、その部屋の中に人がいて、その人たちが礼拝したくなくても、あなたが主に応答するその手を見て、手を上げてあなたを見て、人々は泣き始めるでしょう。そしてその礼拝の油注ぎをあなたの上にきます。そのことによって他の人たちの心が開いていきます。あなたの教会でわたしは新しいことをしていることを見なさい。あなたの教会の中でわたしは誰であるかという新しいその認識を与えています。そういう動きの流れの中で、あなたはまっただ中にいて用いられる人たちとなります。我が息子よ、聞きなさい。あなたをリーダーにします。あなたは簡単なこと小さなことを忠実にしてきた方です。主はあなたを高めます。あなたに賜物もきます。知識の言葉をもって、あなたはみわざをしていくでしょう。また信仰の賜物、また病人のために祈ることができる。我が娘よ、聞きなさい。あなたはこのチームとしてあなたの御主人と一緒になった。そして、あなたにはカウンセリングの知恵を与えます。我が娘よ、聞きなさい。あなたは人の魂に対する愛をもって、多くの人たちがキリストに寄せられて行きます。そして我が息子よ、聞きなさい。あなたは安定というその言葉が見えます。そしてあなたがたはチームとして働くようになるでしょう。あなたがたは夫婦として、人々が聞かなくてはいけない言葉を聞くでしょう。あなたの奥さんはあなたに向かって“いや、そうではない”と言うかもしれませんけれども、わたしが与えた言葉は正しい言葉ですから自信をもっていきなさい。我が娘よ、あなたの御主人も本当にあわれみをもった方です。あなたがあわれみを現していくその現し方と、御主人の現し方は少し違います。我が娘よ、聞きなさい。わたしは今、あなたの心を強くしています。あなたの心は優しくて、聖いものです。しかし傷つきやすい心でもある。あなたの心に、テフロンのようなもの、わたしのテフロンを加工します。ですからあんまり人からの傷を受けないようにします。ですからそれはすべてなくなってしまう。そしてわたしが愛するように、人々をあなたは愛することができる。ですから、敵の攻撃に負けないようにしなさい。敵の攻撃は必ず失敗する。イエス様の御名によってこの家庭を祝福してください。」

 このような預言もあり、牧師の気持ちも少し理解できた2ヶ月後(1997年2月17日)、年下の信徒の身で、行き過ぎた面もあったかもしれないと思い、とにかくそのことだけは謝っておこうと祈ったことがあった。が、人間的に動かずに、祈って決めることにした。すると、「今、謝ってしまったら、相手側は、悔い改めることに気付くことすらなくなってしまいます。謝るのにも時があります。まだ、相手が自分の原因に気付こうともしていないときは、まだ時ではないのです。その時も主にゆだねて待つのです。忍耐がいりますが…。」と心に響いてきた声に従って、時を待つことにしたのです。

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【参考】CVSAブログ「預言について」

  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)
  ☆ へいわくんの実家近くのA教団のW教会(part 5-4)
  ☆ 行き場をなくしたうるちゃんが飛び込んだB教会(part 5-5)



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Friday, July 17, 2020

「小羊うるちゃん物語」part 5-5 A教会を後に

  【Part5の登場人物】
     うるちゃん : 主人公
     へいわくん : 夫
     なごみちゃん: 長女
     サイエン君 : 長男
     はづきさん : 友人
     友人Nさん : なごみちゃんの幼稚園のママ友
     友人Iさん  : A教会で出会った友人
     Gさん   : エホバの証人に入ったばかりの女性
     Tさん   : バプテスト教会の知人女性
     S牧師   : A教会に来た同盟教団の牧師
     K宣教師  : A牧師をマンツーマンで教えた宣教師

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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 もはや、なすすべもなく、心に大きな傷を負ったうるちゃんは、祈った末に、マタイ10:24~26「弟子はその師にまさらず、しもべはその主人にまさりません。弟子がその師のようになれたら十分だし、しもべがその主人のようになれたら十分です。・・・だから、彼らを恐れてはいけません。おおわれているもので、現わされないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはありません。」ルカ6:39、40「いったい、盲人に盲人の手引きができるでしょうか。ふたりとも穴に落ち込まないでしょうか。弟子は師以上には出られません。しかし十分訓練を受けた者はみな、自分の師ぐらいにはなるのです。」のみことばをいただきました。uruchanそれで、「A牧師の言動により、うるちゃんの心が苦々しい思いや、批判の思い、不従順な思いにとらわれることになりませんように。主イエス様がわたしの心の思いを見て、間違いがあったなら、正してくださいますように。それから、今後の礼拝の場を、圧迫なく、霊とまことの礼拝をできる場を与えてくださいますように。」と切に祈りました。すると、B教会の地域での集会(とある会館の会議室を借りておられた)に導かれたのでした。

 全く異なる教派のようで、迷いもありましたが、B教会で聞いたメッセージでの信仰の面での熱心さに打たれました。命をかけてもつらぬく信仰、迫害の時にも共に労苦していける(信頼関係が結べる)兄弟姉妹のいる教会、それがうるちゃんの願いでした。

 年が明けて、初めて、本教会のある区に行ってみました。いろいろな違いに多少の戸惑いを覚えましたが、メッセージの最後に年輩のB主任牧師が、子供時代に父親が戦時中の迫害にあって投獄された話をされました。その迫害の話がうるちゃんの祈った祈りに合致したのでした。B主任牧師は、ペンテコステ派の信仰が嫌いでしたが、とりあえず、行き場のないうるちゃんを、受け入れてくださいました。

 このB教会を知ったのは、「羊を奪う者の手から、羊を守ることになる。」という思いをいただいた10月18日(金)、はづきさんの家庭集会に行く途中でした。信号待ちが長かったため、気分的にいつも通らない道を通ったのでした。あるところで、何気なく奥の方に並んでいる看板が見たくなり見ると、“キリスト”の文字が飛び込んできたのでした。「今、何か見えたような…」と思い、自転車でしたが、戻って見直してみると集会の案内でした。「へー、教会が新しく出来たんだ。」とうれしくなって、家庭集会に集った人たちに言ったことを覚えています。後でわかったことですが、その会館では、10月に集会を開いたばかりで、うるちゃんが見たその日に看板を出したということでした。

 教会を出る時、いろいろな葛藤がありました。牧師に逆らうと、死んだ人もいるとメッセージの中で実例で聞いていたことや、ヘブル 13:17「あなたたちの指導者たちの言うことを聞き、また服従しなさい。」もさんざん聞き続けてきた結果でした。A教会を出てしばらくは、教えの混乱があり、心の傷もあって、癒されたと自覚するまで、一年半かかりました。違和感ある教えは半分本気で聞いていなかったつもりだったのですが、混乱が起こったので、軽いマインド・コントロールにかかっていたと言っても過言ではないと思っています。

 B教会の礼拝から帰ってくると、韓国旅行(10月にはづきさんと謝罪個人旅行に行っていました)で知り合ったLeeさん(宣教師夫人でオーストラリアに行かれた)から小包と手紙が届いていました。何も言わないのに、うるちゃんたちと別れて(10月14日)からずっと、A教会とA牧師のことについて祈ってくれていたことを知りました。それから4日後に家庭集会で「羊を奪う者の手から、羊を守ることにもなる」という言葉を受け取り、それから2か月で教会にいられなくなったことを考えると、起こるべくして起こった主のみわざなのかなと思いました。贈り物と手紙に慰められ、主はいろいろな方法で、愛する子供たちを慰め、励ましてくださるんだなと改めて思いました。
国境を越えた主の働きと祈りの一致…
                                                 ※ 下線部の記事

 救われてから、家で家庭集会を月に一回していました。A牧師夫人に「集会を続けていたら、人は集まるものよ。」と励まされながら、続けていました。救われてから3年間の間で、引っ越しが2回。3つの家で集会を持ったわけですが、どういうわけか人が集まりかけると、引っ越しになるのでした。次第に食事の準備など負担になり、家庭集会を開く前に、下地を作り、人脈を作ることが先決だと思えてきたのです。家庭集会といって構える前に、気楽な気持ちで交わりから作って行きたいと思い、ちょうど、仕事が忙しくなってきたことから、しばらく、やめたいと申し出ました。婦人会に、小さな子供を連れて行きにくい風潮もあり、なかなか出られなくなったことと重なって、A牧師には、奉仕不足、不従順と取られていたこともA牧師の言葉で知りました。

 A教会にいられなくなる1年前から、みことばを学びたくて、神学校へ行きたいという思いが与えられました。子供がいて、制限があるので、夜間の時間は割けないことから、通信の学びにしようと思いました。以前から神学校へ行きたいという人が出ても、A牧師自身が一人の宣教師からマンツーマンの教育を受けていたため、A牧師から許可がもらえず、教会を去ったり、あきらめたりしている人が多いことは聞いていました。うるちゃんは、たまたま家族でA牧師と共に食事する機会が与えられて、その時に相談すると、軽く「いいよ。」と言ってくださっていました。へいわくんが、「1年待ってその情熱がまだあればやってみたら。」と言うので、1年待ったのです。講解書を読み終わるのも1年後くらいなのでちょうど良いと思っていました。1年たった今、仕事も来て、神学校の金銭的必要も満たされそうになっていたところの今回の出来事でした。このことがあって、A牧師に「礼拝のメッセージだけで神学校はいらないという人もいるんだ。」と言い渡され、牧師の推薦がないため、道が閉ざされてしまったのでした。今は、道が開けるように祈るしかありませんでした。主には不可能はないことを信じ…。

 1月7日(火)、うるちゃんの住まいの近くのB教会の家庭集会(Bハイツの家庭)に初めて集いました。賛美の時、「何か、大きな傷を受けた羊がイエス様のひざもとにきて慰めを受けている。」ような幻が見えました。映像で見えたのは2度目でした(1度目についてはまたいつか)は。それがあなただと心に響いてきました。 Ansoku正月に帰省先の大阪の教会で見た絵が同時に思い起こされました。それは、崖に落ち傷を受けた一匹の羊を羊飼いが助けている絵でした。その絵の続きのような幻でした。メッセージは主の安息のメッセージでした。あまりの的確さに(まだ何も相談してはいなかったのですが)驚きとともに、傷が癒されていくのが感じられました。異言を受け入れていない教派にもこのような霊的な(預言的なメッセージを語る)信仰があることを知りました。越してきてから、あることが示されて、ずっと近所のBハイツ周辺のことについて祈っていたのです。今、Bハイツに導かれたのも偶然ではないような気がしました。

 先は見えませんが、一歩一歩、主と共に歩んでいくだけです。
救われて間もなく与えられたみことば、「キリストが分割されたのですか。あなたは人や教会につくのではなくイエス・キリストにつくのです。(Ⅰコリント1章)」に励まされながら。

 A教会を出て、2ヶ月たった2月、未信者の時から9年間仲良くして、うるちゃんにイエス・キリストを紹介してくれたはづきさんと別れることになりました。うるちゃんはB教会の家庭集会に来ていたB1牧師(主任牧師の息子の牧師)に相談することにして、時間を予約していました。そのことをはづきさんに話していたのですが、はづきさんは、うるちゃんの気持ちがわからなかったのか、先に話をしようとうるちゃんとの約束より少し早くB1牧師を訪ねたのです。はづきさんはうるちゃんのためを思ってお世話のつもりだったのかもしれません。B1牧師の信用をも無くしてしまいそうな行為に、余裕がないうるちゃんは距離をあけたく「来ないで!」と強くいってしまいました。その後、はづきさんはA牧師に謝ってA教会に戻りました。教会を離れられなかった彼女は、うるちゃんとの付き合いができなくなりました。また、うるちゃんは、A教会で出来た友人をも次々に、失ってしまうことになったのです。

 A教会での交わり(ともに食事をしたり、家庭に招き合ったり、集いを持ったり)は、すごく楽しく、刺激があるものでした。国内外からのメッセンジャーも多く来訪し、オープンな教会でした。だからこそ、一生の兄弟姉妹のつながりだと信じていて、多少のおかしさは、完全な人間はいないという言い訳をのみ、必ず祈りで変わっていくと信じていたのです。この交わりを失うことは、とてもつらいことで、「みこころならばいつか、再び、主が戻してくださる」と委ねて、後にしたのでした。そう思ったのは、教会で個人的になされた預言があったからということもありました。
                                                 ※ 下線部についてのコメント

うるちゃんが受けた預言とは?   つづく・・・

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  【うるちゃんと教会】
  ★ 行き場をなくしたうるちゃんが飛び込んだB教会
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)
  ☆ へいわくんの実家近くのA教団のW教会(part 5-4)



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