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Wednesday, September 09, 2020

「小羊うるちゃん物語Ⅱ」part 1-4 転籍

  【前回までの登場人物】
      うるちゃん    : 主人公
      なごみちゃん   : 長女
      サイエン君    : 長男
      はづきさん    : 友人
      マーサさん    : B教会で知り合い友人になったクリスチャン
      A牧師      : A教会の牧師
      K宣教師(夫人): A牧師をマンツーマンで教えた宣教師(夫人)
      W宣教師     : W教会を開拓した宣教師
      B主任牧師    : B教会の主任牧師
      B1牧師     : B教会の主任牧師の長男である牧師

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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  B教会のB主任牧師は異言とペンテコステ派を異常に嫌っていました。歴史ある教会で、先代のB0牧師がいろいろ変な行動を見たということで、ペンテコステ派のようなカリスマ的なことをとても嫌っていました。うるちゃんもA教会にいた頃、いろいろなことがあったので、霊を見分けることが重要だとは認識しています。初めて教会を訪れた1997年1月5日(日)にB主任牧師と話をしたときに異言を持っていることを告げ確認した時は、「まあ、いいんじゃないですか?」だったのですが、1ヶ月後の家庭集会に顔を出された時には、釘を刺しておきたかったのか、「ぼくは異言が大嫌いだ!」と本音を言われました(※ うるちゃんは教会の集まりで異言を用いて祈ったことはないです)。突き刺すような言葉でした。その時、うるちゃんは、「交わりを持てる信徒はいないのですか。」と祈りました。そう祈った日の夕方、Eさんと歯医者で会ったのです。以前Bハイツに住んでいて、いろいろあり今は引っ越して家族ともども本教会へ行っている信徒の方でした。アッセンブリー教会で異言を伴った聖霊を受け、以前、B教会のB主任牧師やB主任牧師夫人に悪霊によるものだと言われ、悔い改めを迫られ「もう異言を語りません」と誓わされたことがあるという経験をした痛みを持つ姉妹でした。そのEさんとの交わりにも支えられました。
                                                 ※ 下線部についてのコメント

 そんな中にあっても、B教会で養われ出して半年が経って、イエス様の愛と導きの確かさを日々実感していました。
B教会30年史を読み、教会の歴史と自分が通ってきた信仰が、及ばずながらも類似していること、長男のB1牧師を中心とした交わりに聖書に見られるイエス様の愛が感じられたこと、3世代にわたる信仰の不変性に感動してもいました。

 異言のことやA教会で理解されなかった今までの経験から、教会の移籍をためらっていたのですが、考えていた移籍のことを祈ってみることにしました。気になっているのは、異言の見解についてでした。

 6月1日(日)のB2伝道師(B主任牧師の次男)の民数記からの礼拝メッセージにおいて、「マナ(みことば)だけで栄養は十分とれる。エジプトの、きゅうり、すいか、にら…(預言、異言、賛美…)がないといって、再び罪の奴隷下に行きたいのか。」と、主が言っておられるように思えました(※B2牧師は普通に聖書を解き明かしただけです)。実際、メッセージは、「主がいわれる」という前置きがなくても、主イエスが見えるようなメッセージがいつもとりつがれていましたし、異言の祈りは、個人で家で祈る分については差し止められてもいず、B教会で歌う聖歌や特選聖歌以外のワーシップや近年の賛美曲は家で自由に歌えることだと思いました。この日以降、1年間、B2伝道師は皮膚炎が悪化して休んでしまわれました。

 また、6月8日(日)のB1牧師のメッセージは、ガラテヤ人への手紙 4:21-5:1からで、「奴隷の子は奴隷しか産まない」というもので、特に、心揺さぶられ主の愛が流れてくるものでした。   当時のメモPdf
肉の働きで、多くの人をたたきこむように人を救いに導いても、自分の正しさを主張して誤りを正したとしても、結局、奴隷の子どもになるだけだと、よく理解できたのでした。これまでもブレのない聖書観でメッセージが語られていましたが、この日、A教会の福音とB教会の福音の違いがどこにあるかが、はっきりと見えたのです。

 うるちゃんが救われて、まだ、洗礼を受けていない頃、御陵参道に住んでいましたが、周囲の圧迫から、聖書に書かれている聖霊を受けたいと祈って求めました。はづきさんに勧められるままに新約聖書を読んでから、「異言とは何か。弟子たちを変えた聖霊とは何か。求める者には、だれにでも与えられると書いてあるが…」という思いが残ったのでした。それほど、使徒の伝道の働きの中心を占めていた力の源の現れのように書かれていました。はづきさんもまだ経験がなく、聞いたことがあっただけというので、とにかく祈り求めてみることにしました。ある夜、口が振動して何か語っている夢を見ました。あまりにリアルだったので、聖霊様なのだろうかと、当時通っていた近くの教会の方に相談してみました。「イエス様の弟子でさえ、一緒にいても3年かかったのよ。(イエス様が地上にいる間は、まだ地上に聖霊様は臨在されなかったのだから、今考えればあたりまえですが)」「○○さんさえ、10年かかったのだから、まだ早いわよ。」「調べてみないと、悪霊からかもしれない。」など言われ、うるちゃんも否定してしまいました。否定した途端、花粉症がひどくなり、数日間、苦しみました。平安もかきみだれていたので、そのことについて祈ると、不信仰の罪を示されたのでした。聖霊様を疑ったことを悔い改めた途端、身体中かけめぐる振動とともに、舌が勝手に動き出したのです。使徒の働きにある現象が理解できました。自分で止めようとしても、体の奥からわきあがってきて止められないという不思議な体験でした。この体験は、聖書に書かれている神が本当におられ、今も共にいてくださる!という確信を揺るぎないものとし、何にも代えがたいものとなりました。
この後、A教会に導かれ、洗礼を受けたのでした。
                                                 「小羊うるちゃん物語」part 2-1 聖霊のバプテスマ 参照

 B主任牧師に異言が大嫌いだと言われたのですが、祈りで受けた異言は、うるちゃんは当時の心を吟味しても、否定できませんでした。マナだけで栄養が取れ、マナ以外に重要なものはないというのもわかるのですが、これまでの信仰生活での体験は、うるちゃんにとっては、イエス様が今も生きて働いておられる証しであり、なごみちゃんの交通事故の時の体験とともにうるちゃんの信仰の基となっているのです。

 このことを祈っていると、「信仰は一つであり、御霊も一つです。」と主が心に語られたのでした。また、今まで引っ越しが多かったので、これから先、どこへ行くかもわからない…と思っていると、「何も思い煩わないで飛び込みなさい。明日のことは明日が心配します。…。」と語られた。次に黙示録の7つの教会を示され、「教会をもさばかれる主が来られる時が来る。」という思いが浮かび、主ご自身が人や教会の誤りを扱い、ちょうどよい時に正しくさばいてくださることを信じることができたのでした。そこに神の愛があれば、わかりあえると信じ、移籍を決意しました。

 が、移籍の意思をB教会に伝えようとした朝のこと(1997年6月11日(水))、Dチャプレンから電話があったのです。Dチャプレンは、A牧師経由の紹介でうるちゃんはワープロの文書作成の仕事を頼まれ、ボランティアで手伝っていたA牧師の友人でした(A教会を去って1か月ほどして、辞退した経緯がありました)。Dチャプレンは、うるちゃんに「今朝、(聖霊様に)3時に起こされ祈っていると、示されたことがある。あなたは、A教会に戻る。そして、リーダー的な重要な働きをする。」と言いました。以前、他の「預言者」と言われている牧師や、預言の賜物を受けたという信徒の方から、全く同じことを言われたことがあったことを思い出しました(その3人は、それぞれほとんど面識がない)。うるちゃんの移籍の決意は固かったのですが、Dチャプレンから「電話番号がもうわからなくなっていたのだが、聖霊様が番号を教えてくれた。」と不思議なことを言われ、多少動揺しました。祈ってみると、「神は愛である。その人たちは、御霊の実を結んでいるか。」と語られました。うるちゃんにはその人たちに神の愛が見えていませんでしたが、うるちゃんが見えないだけかもしれないとも思いました。実際こうして、うるちゃんのことを思って、電話をくれたのは一種の愛のようにも思われてきます。うるちゃんがイエス様の語りかけだと思っているのも、実は自己満足で万が一違っていたらと、またまた疑ってしまいそうになってくるのでした。

 すると、今朝、電話がかかる前のデボーション時に照らされたみことば、「彼らの前にあるすべてのものが愛であるか、憎しみであるか、人にはわからない。(伝道者の書 9:1)」が思い出されたのです。

 一見、愛のようでも、それが真実の愛かどうかというのは、人にはわからない。ただ、わかったことは、その人たちに愛のない数々の行為があったということだけでした。それと電話の内容はみことばをもって言われたわけではないので、いくら不思議なことであっても信頼するわけにはいきませんでした。

 すると、次の日、預言の賜物を受けたといっていたA教会のKさんから電話があり、「今、祈っていたら、ある預言があった。うるちゃんさんのことだと思うのだけど、詩篇23篇『主は私の羊飼い。…。』ときて、『わたしの迷える羊を助けなさい。』ときたのだけれども。」と言われたのでした。「うるは迷っているわけでもないから、違うんじゃない?」と答えました。

 移籍の決意をした途端のこれらの出来事を、確信もないままに無視するわけにもいかず(この不思議を悪い霊の働きと決めつけて行動したならば、うるちゃんにされたことと同じことを今度はうるちゃんがクリスチャン相手にすることになるからです。)、うるちゃんは、とにかく祈りの中でうるに語られたことを捨ててはいけないと思い、もう少し、様子を見ることにしたのです。

 うるちゃんは、もうこれ以上、心を揺さぶられたくなかったので、もうA教会とつながっていたくなかったのですが、「籍を移そうと思っただけで、なぜこのような妨げがあるのか。半年が経ち、A教会との接触はもうなく、実際にはもうB教会にいるようなものなのに。移籍の思いは固まっているのだが、後一押ししてほしい。」と思っていたら…。

 1週間前、特選聖歌集(B教会独自の聖歌集)をなくしてしまったようであることに気づきました。これがないとB教会の礼拝時の賛美がわからず、困るものでした。「主よ。またなのですが、あきれないでください。今度は特選聖歌集がなくしてしまいました。見つけてください。」と祈りました。これまで、主に祈って見つからなかった物はありませんでした。すると、「集会場の机の下に忘れてきたのだ。」という思いがわきあがってきたのです。行って集会場のフロントに聞いたのですが、届いていないと言われました。「日曜日になって、メッセージで移籍についてのみこころが語られて、かつ、特選聖歌集が見つかったなら、移籍しようと思います。一押ししてください。」と祈って、礼拝に向かいました。

 6月15日(日)の朝、礼拝に出向き、もう一度周囲に聞いても特選聖歌集はありませんでした。B2伝道師の代わりに来られたM牧師のメッセージを聞いていると、「証しするのにも時がある」と心に浮かんできて、「異言についての証しはB教会にはまだしなくてもよい。時期がある。不安を除くために認めてほしいという自己満足でしようとしている。」と主が言われたような気がしました。「はい、そうですね。その通りでした。」と心で答えた時、ドアがノックされ、特選聖歌集が見つかったのであった。まことに不思議な主のタイミングだった。こうして、異言の見解の違いによる不安は主を信じて委ねることにし、移籍の決意が整ったのでした。   当時のメモPdf

 そして7月始め、B教会に移籍したのです。

 この移籍時の不思議な2件の電話は、神を正しく知り、恵みのみことばをしっかりと蓄える必要性を刻んだ出来事となりました。
B教会での1年半の礼拝と家庭集会のメッセージを通して、うるちゃんは、恵み(神の愛)による聖書の読み方を、教わったのです。
それは後に学んだどの神学校の教えよりも、深く心の奥底に刻まれているのでした。


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  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)
  ☆ へいわくんの実家近くのA教団のW教会(part 5-4)
  ☆ 行き場をなくしたうるちゃんが飛び込んだB教会(part 5-5)
  ☆ 世界一大きいと聞いていた韓国のY教会(part 5-番外編)



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Friday, September 04, 2020

「小羊うるちゃん物語Ⅱ」part 1-3 奇跡と癒し

  【前回までの登場人物】
      うるちゃん : 主人公
      なごみちゃん: 長女
      マーサさん : B教会で知り合い友人になったクリスチャン
      W宣教師  : W教会を開拓した宣教師
      B主任牧師 : B教会の主任牧師
      B1牧師  : B教会の主任牧師の長男である牧師
      A牧師   : A教会の牧師

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

※ 今回の物語には、一般のオーソドックスな多くの教会ではなされていない祈り方が記されていますが、聖書にも記されている祈り方です。寛容な視点でお読みください。

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  この間、A教会にいた時に培ってきた信仰の面でも主の支えがありました。
サイエンくんが高熱を出して、学校から呼び出しがかかるということがありました。うるちゃんはすぐに迎えに行って、熱の追い出しをしました。祈り始めると途中で寝てしまいました。38度以上あった熱が一時間後に目覚めた時には、すっかり治っていたのです。

 まだA教会にいた1996年9月1日にサイエンくんの目に出来物ができ、医者に行っても治らず、1年間がたちました。
1年間、膿んだり出血したりして、目の半分をぶらぶら覆うまでになっていました。医者は「切らないと治らないがもう少し(サイエンくんが)大きくならないと切れない」と言っていたのです。1年がたって、出血がひどくもう限界にきていました。うるちゃんから医者に「お願いですから、切ってください。」と頼むと、大学病院を紹介してくれたのです。大学病院は電車とバスで1時間はかかるところにありました。大学病院に行くと、月曜日に行って手術してもらうことになりました。その前々日の土曜学校(子供の聖書学校)で、目の不自由からぐずり出したサイエンくんがかわいそうで、寝てしまったサイエンくんの目に手を置いて声を出さず、癒しを祈りました。1年間祈っていたことでしたが、この時の真剣な祈りを主は聞いてくださったのです。土曜学校から帰って間もなく、外にいたサイエンくんとなごみちゃんのうれしそうな声が飛び込んできました。「ママ~、サイエンくんの目がとれたよ~! ハートの形だよ~!」 見ると、出来物がハート形にとれていたのです。跡形もなく…。それ以来、完治しています。月曜日、いつもの病院へ行って、事情を話すと、「何をしたんですか?」と驚かれてしまいました。そして、首をかしげながら、病院の紹介料を返してくれたのです。

 当時住んでいた町の子供会の班長がまわってくる前年のこと(前の年から、次期班長もいろいろな行事に参加することが決められていました)。この町内の地区センターは神社のすぐ横にありました。そして月1回の会合があり、年に数回、宗教がらみの行事がありました。救われて間もなくの御陵参道の経験から気が重くなっていました。そして、摩擦から逃れさせてくださるように祈っていました。ある日、マーサさんが「Bハイツは、いろいろな人がいるから、そういう宗教的なことはないよ。来れば?」と言ったのです。ちょうど会社で、Bハイツのシャ宅の申込みをしていた期間でした。締切りぎりぎりのところでした。いちおう申し込んでみるかと軽い気持ちで申し込んでみました。辞退者が出て、抽選もなく、引っ越しが決まったのでした。御陵参道に住んでいた時に、Bハイツのよくないうわさを耳にしたことがあり、避けようと思っていたBハイツに住むことになったのですから、不思議なものです。

 また、とある休日、外で遊んでいたサイエンくんが、冷や汗をかいて帰ってきたことがありました。1階の自動ドアを、そばに置いてあった台車で遊んでいて割ってしまったというのです。聞く話によると、数万はするようでした(以前、割った人は5万だったと聞きました)。

 ちょうど気落ちするような事件が、2件起こった時でした。1件目は、朝、お弁当のフライを揚げていると、火が付いて、上の方を焦がしてしまったのでした。もう少し、消すのが遅れたら、危うく火事になるところでした。2件目は、同じその日に、A教会を出る時に相談しようとした(A牧師をマンツーマンで教えた)K宣教師夫人から、手紙が来たことでした。A教会を出て、1年後のことでした。1年前に出した手紙が戻ってきたので、また送ると書いてありました。表の宛書のうるちゃんの住所や名前の漢字が間違っていて、しかも、Bハイツに引っ越した後のことでした。よく届いたなあと思い、中を見ると、ローマ14章4節、「あなたはいったいだれなので、他人のしもべをさばくのですか。しもべが立つのも倒れるのも、その主人の心次第です。このしもべは立つのです。なぜなら、主には、彼を立たせることができるからです。」とあり、牧師をさばく罪を説明する言葉も書かれていました。これは、当時、幾人かのA教会の姉妹にも言われた言葉でした。自分の受けた痛みを本人に伝えることが、さばくことになるというのか。教会とはそういう世界なのか。癒えかけていた傷が痛みました。祈ると、聖書を見なさいと言われたような感覚を覚えました。その個所ローマ14章4節を見てみると、その前には、「あなたがたは信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見をさばいてはいけません。」(ローマ 14:1)とありました。A牧師やK宣教師とうるとでは、うるの方が信仰が弱いはずではないか。とりあえず、心は守られました。このことから、A教会のA牧師も、教えてくれた人から受け継がれた信仰を守っているゆえにしたことだということを知り、再び、愛する心をいただくことができました。

 自動ドアを割ったのは、この2つの出来事に続く出来事だったのです。「主よ、もう立ち上がれません。愛してくださっているならば、ただにしてください。」と祈って、管理事務所に向かいました。すると驚くことに、「今回は、(弁償は)いいです。業者が(台車を)置いていったということもありますし、今回は、公団側で持ちます。」と言われたのです。前に割った人は弁償していて、今回も置いていった業者が持つわけでもないにもかかわらず、特別のことのようでした。自治会役員をしているマーサさんのご主人(まだクリスチャンではなかった)は、ただになったことを驚いていました。

 ひとりぽつんとA教会を追い出されたように出たうるちゃんに(正確には、家族4人でしたが)、主が与えてくださった慰めの一幕です。信仰があれば、どの教会にいても、癒しも奇跡も起こるんだよと、言われているようでした。

 A教会を出てからの1年間、自分のいたらなさにも気付かされました。A牧師はA牧師として教会のためを考えて精一杯にやっているということもわかりました。与えられた信仰はそれぞれ違い、神と人との間の信仰に他人が割り込むこともできず、神に祈り委ねることが大切なのだということも知らされました。そして、「人を高慢だと思うこともまた高慢なこと、人はすべて高慢な所があるのだ。」「人に過度に要求すること自体がすでに人を裁いている。~してくれないと思うことで人を裁いている」という自分の高慢、裁く思いにも気付かされました。
                                                         ※ この個所のコメント

 こういう心の痛みを通ったおかげで、1998年の8月には、カウンセリングスクールにも導かれました。

 1年間のB1牧師によって、恵みのメッセージが語られ、今までの教えとの根本の違いが整理されていき、イエス様の愛が伝わってきました。聖書の奥深さにもひきつけられました。何よりも、聖書がよくわかるようになったのです。

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  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)
  ☆ へいわくんの実家近くのA教団のW教会(part 5-4)
  ☆ 行き場をなくしたうるちゃんが飛び込んだB教会(part 5-5)
  ☆ 世界一大きいと聞いていた韓国のY教会(part 5-番外編)



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Thursday, September 03, 2020

「小羊うるちゃん物語Ⅱ」part 1-2 神は見てくださっている

  【前回までの登場人物】
      うるちゃん : 主人公
      なごみちゃん: 長女
      マーサさん : B教会で知り合い友人になったクリスチャン
      W宣教師  : W教会を開拓した宣教師
      B主任牧師 : B教会の主任牧師

「小羊うるちゃん物語」閲覧にあたっての注意事項

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 初めてB教会の本部に行った礼拝の後、B主任牧師と話す機会が与えられました。そこで、エホバの証人対応に対する意見と、異言のことを尋ねました。後々、摩擦が生じて問題が起こりそうな見解ならば、やめておこうと思ったからでした。その時の話では、エホバの証人対応については、特別な反応は見られず、異言も別に個人的なことはかまわないとのことでした。

Ansoku 1997年1月7日(火)の家庭集会では、B主任牧師の長男のB1牧師が“安息について”語られ、心からの安らぎを覚えました。前教会のA牧師の12月19日以降の講壇からのメッセージによっても傷を受けていたうるちゃんは、「荒れた思いの説教は人を押さえつけるようなメッセージになる」と語られた時、その言葉にすべてをご存知のイエス様を見たのでした。メッセージの前の「キリストにはかえられません」の賛美の時、「何か、大きな傷を受けた羊がイエス様のひざもとにきて慰めを受けている」幻が見えたのですが、その通りの内容のメッセージで、びっくりしました。
                                                         ※ この個所のコメント

 また、前教会のA牧師から「あなたとモーセは比較にもならない!」と言われた時(「『でも』というのが、反抗なのだ」と言われ、「モーセも『でも』と言いましたよね。そこから、とりなしが始まったんですよね。」と聞いた時に返ってきた言葉)には、「モーセがだまっていた代わりにアロンやミリアムの高慢を神ご自身が裁かれた。モーセがそうであるならば、イエス様が内住する私たちクリスチャンはそれ以上のものである。」と語られ、「うるちゃんの手紙から悪霊を追い出した」と言われたならば、マルコ7章15節~23節から「外側から人にはいって、人を汚すことのできる物は何もありません。内側からの悪い思いがその人を汚すのです。自分の心を守るように。」とタイミングよく語られ、支えてくださったのでした。いつもなぜか的確なメッセージが心の傷が完全に癒える(1998年5月末)まで続いたのでした。
                                                 ※ 下線部の「でも」が反抗的:「「小羊うるちゃん物語」part 5-3 報告」参照
                                                 ※ 下線部の手紙から悪霊:「『小羊うるちゃん物語』part 5-4 和解への試み」参照

 このような1年間のB1牧師の週二回(礼拝と家庭集会)のメッセージと支部の方々との交わりを通して、前教会の教えの混乱と傷は徐々に癒されていきました。B1牧師は意識していなかったのですが、癒しの過程には後で学んだカウンセリングの手法が使われていました。この経験を通して、主は偉大なカウンセラーだと実感したのです。

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  【うるちゃんと教会】
  ☆ うるちゃんが電話をかけた「昔からの流れのキリスト教会」(part 1-3)
  ☆ はづきさん所属のA教会(part 1-3)
  ☆ 歩いて1、2分のところにあった近所のH教会(part 2-1)
  ☆ へいわくんの実家近くのA教団のW教会(part 5-4)
  ☆ 行き場をなくしたうるちゃんが飛び込んだB教会(part 5-5)
  ☆ 世界一大きいと聞いていた韓国のY教会(part 5-番外編)



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